套路の数種類に及ぶ練り方を説明するためには、私自身も打って見せなければなりません。
普段は口だけ動かして身体は動かさず、ダリの絵に出てくるように傍でとろけたようになって練習を眺めてればいいのですが、ことこの段に至るとそうも行きません。
仕方なくやってやってみせます。
自分のペースでなく套路を打つとまぁ疲れます。
しかし、この場合の疲れるは当然、仕様なので意味があります。
おかげで私の身体は練功効果でまた改造されました。
日課の練習でいつも通り套路を打つと、腕が一段階遠くに伸びます。
「もっと遠くに思いを届ける」
髪の毛一本ほどでも遠くまで拳足を伸ばせるように練習するのは蔡李佛の特徴です。
一寸長一寸強、一寸短一寸険の言葉があるように、武術においては実力が同じなら間合いが長い方が勝るというのは常識となっています。
しかしそれは用法でのお話。
内功においては易筋行において身体を作り替えるというのが、すなわち身体を引き延ばすということになるので、この遠くまで身体を伸ばすということそのものに意味があります。
体内の気血の巡りを滞らせる凝りというのは、組織が収縮して固まったものです。これを引き延ばすというのはすなわち気功的な意味が非常に強い。
套路によるしんどい練功で易筋が進んだ肉体で蔡李佛名物の挿錘を打つと、まるで猿が枝から実をもぐような動作になります。
肘の屈伸を主体とした、骨が立つ動きにはなりません。
腕が延びるのは肘からでも肩からでもなく、背中からとなります。
この、背中からの動きのことを後力といい、これを形成する背中の膜を育てるのが練功において重要になります。
背中の膜とは何かというと、猫の背中を見ればなんとなくわかります。
猫の背中はあばら骨が浮かんでいてとても肉が薄いようですが、そこには背中の毛を逆立てたり、背を丸めて強い跳躍力を生み出す力の源があります。
水に濡れたらブルブルと高速で振動出来たりもします。このことを中国武術では抖と言います。
そのように、身体の深いところの力を引き出して用いるにはこの膜がとても大切です。
正しい套路の練功は膜の力を引き出し、膜そのものを厚くします。
猫が大きくなると虎になる。あるいは豹に。
そこでか蔡李佛の五獣の要素ではこの二種類の動物の要素が含まれています。
先に書いた挿錘は豹の技に入ります。
これとまったく同じものが、形意拳だと猴になります。
猿の拳というのは、通臂猿猴、すなわちテナガザルをモチーフとしています。
昔の人の考えではテナガザルは両手が体内で繋がっていて、自在に伸ばすことが出来ると考えられていたのです。
そのように腕が一本に繋がり、良く延びるというのが通背拳、通臂拳、劈掛拳などの猴拳類です。
このうち、劈掛拳などは蛇の身体に鷹の羽と言って両腕を羽に見立てたりもします。
我々蔡李佛の五獣には鶴が入っています。鶴拳類です。
形意拳では十二種類の動物の要素の内、鷹、鷂、燕、鶏、と𩿡、五つもが鳥です。
これにさっきの猴を加えると、六種類が通背の要素がフィーチャーされた物です。
さらに言うと、十二の動物は大形と小形に分けられるのですが、猿を大形にした物は熊だとされています。
つまり十二種類中、七種類がこれです。
背中の膜で紹介した虎もいますのでこれも入れてしまうと八種類です。
残りは馬プラス、龍とその小形である蛇、そしてカメないしワニとされます。
馬は跳躍する勁を表現するとされています。龍、蛇、それからもう一つの爬虫類チームには共通性が感じられます
形意の身体の遣い方に、龍腰という物がありますので、これはその使い方に関する要領が込められた物で在ると考えて差し支えないでしょう。
で、この龍腰というのはすなわち、体幹の膜のことです。
ほら。
馬以外は全部この部分に集約されました。
蔡李佛の五獣である虎、豹、鶴、蛇、象もここに含まれます。象は要は鼻が龍みたいだということでしょう。
いずれも、身体が軟らかかったり、しなやかな翼があったりするところに共通性があります。
その柔らかい力の遣い方が、正しい套路の練功で強く培われてゆきます。