スティーブン・ハンターの小説、スワガー・サーガの新刊が出ました。
もう二十年以上も沢山の作品が続いているシリーズです。
主人公は四代か五代に渡っており、一番古いスワガーともっとも若いスワガーは一冊づつ出ているのかな?
もっとも多くの作品で活躍しているのが、今回の主人公であるボブ・リー・スワガーです。
初登場時にもう一度引退したような、古傷を負ったベテランのスナイパーで、そのまま二十年以上なのでもう彼も七十過ぎ、今回は前作で負った銃創が回復しきっておらず、車椅子姿で登場します。
一つか二つ前の作品までは若い女の人に馬ッ毛を出してやらかしていた、老人読者たちの妄想ヒーローだったのに、今回はずーっと「尻が痛い、人工関節が痛い」と足腰の不調に嘆き続ける完全なおじいちゃんとなっています。
リアルな軍事描写が売りのシリーズなので、必然身体能力描写についてもリアルになっています。
その分、今回は彼の超人性ではなくて彼の周辺人物の多様な魅力が沢山描かれていて、作品としてはとても面白い。
とはいえ、一度に複数のスワガーは活躍させないというのは暗黙のルールにしているようで、ボブ・リーの隠し子のレイは活躍しません。
別の新しいキャラクターたちが実に魅力的な群像劇を繰り広げます。
いま名前が出たレイですが、彼はボブ・リーが米軍のフィリピン駐屯時代に出来た子供で、フィリピン人の血を引く青年です。
マルチな戦闘能力を持つカウボーイ・タイプのヒーローである祖父のアール・スワガーやスナイパーの父とは違う個性として、ナイフ術の名手となっています。
フィリピン人で、ナイフなんですよ。
その手の資料にものすごく明るいハンター御大、確実にフィリピン武術を意識して書いていることは間違いないでしょう。
ただ、彼の作品の売りは軍事描写やギアの資料的情報の味わいなので、アールを描けば前時代の歴史的政治情勢が面白さの部分になり(アメリカのあらゆる政治的事件の陰につねにアールが居る……)、ボブ・リーを描けばそこにその時代の最新銃器の性能描写がたっぷりと披露されるのですが、ナイフではあまり情報が並べられない。
なのでレイの話は一作しか出てないのかもしれない。
しかし、ハンター翁自体は剣術への関心は高いらしく、今作ではなんと幕間として18世紀の決闘が描かれることになります。
アメリカに進撃していたハイランダーたちが登場しており、彼らの現地での闘争自体は殆ど描かれず、代わりに身内間での政治闘争からくる決闘が描かれるのです。
いつも書いているように、第一次大戦までは兵士は騎士であるので、彼らのもめ事は決闘裁判に持ち込まれます。
幕間の主人公となる兵士の敵役は決闘の名手で、古典のフィレンツェ式剣術を使うという設定となっています。
面白いのはこの時代、すでに剣術と言えば英国兵でもフランス式剣術が定番となっているということで、フィレンツェ式はイタリアの古伝としてちょっと秘技扱いを感じるような描き方となっています。
このフィレンツェ式では、左手にダガ―を持つ二刀流となるのですが、このダガーのこともマン・ゴーシュとしてフランス式に取り込まれた形で解説するというシーンがあります。
フランス式ですので、右手に持つのはフランス式のレイピアです。
構えとしては、現代フェンシングに近い形で、レイピアを前に構えて、左手は後ろに構えると言うスタイルとなっています。
左手はバランスを取るために後ろに伸ばされることになるので、ほとんどダガーは意味をなしません。
おそらくはそのために使われなくなって退化していったのでしょう。
昔の映画「ロミオとジュリエット」でもこのスタイルが描かれており、決して盾のように左手のダガーを前に出していた訳ではないことが確認できます。
どうも左手をやられやすいし相手に正対するので胴体部の急所も露出するから人気が無く、完全に半身に構えた方が安全だということらしい。
となると、この西洋二刀流がフィリピンに伝わったときに、いかにして左手も前に構えるスタイルに変わったかというところが気になるところなのですが、まず先に言いますと、フィリピンにもちゃんと左手は後ろになるスタイルが現存しています。
これは遠距離(ラルゴ)を旨とするスタイルで、古いタイプの流派だと言われています。
一方で、うちのラプンティ・アルニスは典型的な両手を前に構えるスタイルなのですが、これは完全に伝承の中に「中国武術の影響である」とありますので、西洋由来の部分ではない。
間合いに関しても接近戦でつかみ合いに持ち込む流派なので、西洋色の強いラルゴのエスクリマとはだいぶ違う物となります。
となると、すべての二刀流フィリピン武術はアジアに入ってから変遷した物なのかと思われても来ますが、そうではないというお話が語り継がれています。
右手に剣、左手に短剣のエスパダ・イ・ダガというスタイルは、最古のエスクリマだと言われているのです。つまり、西洋から伝わった段階であったと。
だとしたら、やはりフィレンツェ式のようにナイフは後ろに構えていたのでしょうか、というところなのですが、私の見解ではちょっと変わってきます。
ハンターの小説でも、左手を前に持ってきた時に「海賊のように」という描写が出てきますが、これは恐らく、陸地の剣術では左手は後ろの真半身だったのが、海賊武術に変わったときにだんだん変化していったのだと思われます。
まず一つには、これ、船上の戦いでは空間的にそのように前後の間合いを優先する戦いが不利であろう、ということが想定されます。
なにせ狭い。
足場が悪い。
揺れる。
そして乱戦となるので後ろに居る味方にダガーが刺さってもことです。
もう一つは、兵器の違いです。
陸地においては、護身用に腰にサーベルを差しているというのが西洋のたしなみだったと言います。
ハンターの作品に出てくるレイピアなどはそのような戦いにおける、直線的な間合いの優越性に特化した兵器であったことでしょう。
護身なので相手を追いかけまわしてひっ捕まえて戦う訳ではない。
しかし、海賊となると今度は護身ではなく攻撃側となります。
略奪をし、戦争をするので能動的に戦うことになります。
そうなると、向かってくる相手にカウンターを入れる突きではなくて、引っぱたくように相手を打つという攻撃が必要になってきます。
下がる相手には突きだけだと戦いづらい、というのは歴史上見られることです。
また、都市部ではなくて馬などに乗っていたり、地形に高低差があったりと言う時も、やはり打擲する攻撃が求められます。
そのために、突きに特化した剣に変わって乱戦時は刃の付いた刀が求められました。
海賊の主要な装備は、この刀の方なのですね。
これはまた、海戦時に船の艫綱を切るためにも必要なものです。
フィリピンに入ってからも、現地の民兵の兵器はサトウキビを刈る山刀が主でした。
ですので、古式ゆかしい左手を後ろに構えるスタイルは西洋での伝統的なスタイルがそのまま現地まで伝わってからフィリピン武術化した物であり、両手を前に持ってくる接近戦のスタイルは初めから海賊使用の物であったと思われる次第です。