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Channel: サウス・マーシャル・アーツ・クラブ(エイシャ身体文化アカデミー)のブログ
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海賊武術小説としての村上海賊の娘

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 村上海賊の娘を読み終わりました。
 もう、文句なしに面白い小説でした。
 サイズ感としては実はものすごく小さい話です。
 正味数日、描かれずに経過した日数を入れても三か月ちょいくらいのお話です。
 範囲も狭くて、乱世をまたにかけて、ということはなくて村上海賊の根城の能島辺りから東の果ては和歌山までの瀬戸内海だけでのお話です。
 その時空の小ささを十全に活かした、ある場所のある特定の男たちというとライバルを見事に描いたドメスティックで胸のすくお話でした。
 はっきり言って、海賊小説最大の傑作と呼びたいくらいです。
 というのも、日本の海賊小説にはちょっと不遇があって、大変に面白い白石一郎先生の海王伝シリーズ、どうもラストの印象が薄いなと思ったらお話の途中で作者が亡くなってしまって、本筋である父の仇という部分が明確にさえされないまま未完になっていたり。
 陳舜臣の「鄭成功」も途中でぶった切り。
 どうもスケールの大きさをちゃんと畳んだ作品があまりないのです。
 山田長政物などは出だしは景気がいいのですが途中から陰険な宮廷劇になって最後はしょんぼり終わりますし。
 そんな中で、この村上海賊の娘は数少ない、最初から最後までちゃんと面白い。
 この作品が最新の海賊小説としてベストセラーになったのはなんだかうれしい感じがします。
 ぜひ、面白い後続がたくさん読めたらうれしいなと思います。
 さてそんな、小説、時代小説として圧倒的に面白いこの作品ですが、その部分とはまた別に、実は海賊武術小説としても読みどころがありました。
 ここでも以前に書いた、海賊戦法というのが大前提に書かれていますし、その中でも村上海賊の特技である火責めというのがまぁものすごく、やった側から描かれています。
 そこから連なって、海賊が用いていた刀は舫いを切れるようにと裏に鋸刃が付いていた、なんて描写があったりもします。
 これ、現代のナイフでいうセレーションというヤツですね。
 取り回しが良いように、短くてセレーション付きの刀が用いられている。
 この辺り、彼ら海賊衆のイメージがのちにニンジャになったのであろうという私の史観にとっても興味深いところです。
 兵器というならもちろん、村上海賊衆十八番のヤガラモガラも大活躍いたします。
 史実にあるような武者よせへの防衛手段としてではなくて、逆に乗っ取りをしかけた荒武者がこれでポンポン頭越しに相手を海に投げ込むというフィクショナルな登場をしているのですが、これも実に豪快で面白いところです。
 投げると言えば、瀬戸内という土地柄もあって小具足を得意とする武者もおり、隙をついて打ち込んできた海賊衆をこぎみよく宙に舞わせては短刀で仕留めるという場もあり、なるほど、海賊地帯の武術と小具足とはかような関係がそもそもあったのかもしれないと思わされます。
 また、私の一推しは自分自身にも似たところのある中年優男の海賊で、彼は倭寇の時に中国から持ち帰った中国刀を愛用しているというキャラクターです。
 中国刀を使う海賊と言えば「海王」に登場するヂャオファロンという倭寇キャラクターが居ますが、彼より一歩推し進められていて、こちらの海賊はちゃんと戦い方までがいかにもそれらしく活き活き描かれています。
 彼の刀術を前にした小具足の上手が「刀は振りまわすばかりが能ではないぞ」と苦る場面などは、日中の武術間の意識の違いが出ているようで非常に胸躍る。
 そんな中で、完全に根も葉もないフィックションなのですがものすごく面白いのが、この物語のクライマックスに出てくる大将役の戦い方です。
 これが、海賊らしく水没時に困る具足はまとわず、小手と脛当てを装備し、片手に三尺の長大な刀を持っていては振り回しつ、相手の斬撃を片足立ちになって脛ブロックで受け止めては自らも回し蹴りを放って相手をぶっ飛ばすという、それカビー・カボーン! な活躍を見せてくれます。
 これ、おそらくたまたまではなくて、作者が資料をあたっているうちに海賊武術として見つけて面白いなと思った物の、どうしても関西の海賊の術としては名指しに出来ず、イメージだけを活用したのではないかと思われます。
 いずれ、小具足にしてもカビー・カボーンにしても海賊武術としてこのように用いられたのであろう、ということは非常に興味深く楽しめました。

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