先日、非常に面白いおじさんのお話を聴きました。
その方はプロレスラーで、スーパースターの人なのでおじさんあつかいなどしては失礼なのでしょうが、第一声を聴くなり、飾らないとても元気なおじさんだなあとその感覚が体に入ってきましたので、善い意味でそう言わせていただきましょうか。
そのプロレスラーの方は、中学生からプロレスリングをやりたくて、高校ではレスリング部で土台を作りました。
実力もあったらしく大学にレスリングでの推薦があったそうなのですが、それを蹴って単身メキシコに移住します。
というのも、彼の目標はあくまでプロレスラーであって、学歴は必要なかったからだそうです。
そのために高校時代からメキシコに行くことを計画していたようです。
なぜなら彼の身長は日本でプロレスラーになれる「大男」のレベルには遠く至らなかったため、小柄なプロレスラーが多いメキシコに行って夢をかなえようとしていたのです。
現地に行き、ひたすらプロレスの練習をしているうちに、知り合った人の奥さんが出産で家を空けることになったため、そこに住むことが出来るようになります。
そこからさらに、偶然出くわした観光客が同じくメキシコで活躍していた日本人プロレスラーのグラン浜田選手のマージャン仲間だったらしく、相談に乗ってもらうことになります。
するとグラン選手は、高卒で一人で来てどうにかなるような甘い世界じゃないから、俺が日本で顔が利く奴を紹介してやる、と山本小鉄コーチのもとに彼を送り込みます。
こうして彼は、地獄の入団テストどころか履歴書一枚書くことなく日本のトップ団体である新日本プロレスに入ることになりました。
本来なら身長制限でテストを受ける資格さえなかったのに、自分で道を歩いていたら結局いけないはずの目標地点にたどり着いてしまった。
入団後の彼は、関節技で有名な藤原組長の元でたっぷりと教育を受けます。
特に小柄な彼が、説得力のあるプロレスを見せるには、本物の技術が無ければいけないということで格闘技としてのレスリングをだいぶ仕込まれたようです。
彼も元々レスリングで推薦を受けるほどの格闘家。嬉々としてそれを吸収してゆきます。
一方でアントニオ猪木社長の付き人となり、精神的な物を学んでいきます。
心技を学んだ彼は、マスクマンとしてのデビューを持ち掛けられます。
これはタイガーマスクの後を継ぐような一大企画だったらしく、色物か果たしてスターへの道かと言う大博打だったようなのですが、彼自身もちょっと迷いはあったようです。
というのも彼自身はなにせ身長で苦労した身。それなのに被ることにあったマスクの元であるヒーローは、怪獣を相手にしたウルトラマンのような巨大ヒーローだったのです。
タイガーマスクは原作のマンガもプロレスラーだけど、俺がやる奴はビルよりでかいじゃねぇか! そんなもんどうやって表現しろってんだよ!!
ということで、彼はヒーローを演じることは辞めて「あれはあれ これはこれ」と割り切って独自路線を切り開きました。
これはよい方向に転んだようです。
というのも、原作のテレビアニメでは作中でプロレス技を使うと「子供が真似をしたら危ない」と非難されていました。
この時代、とにかくプロレスは子供に悪影響だという風潮があったのです。プロレスとタイアップしてるキャラクターなのにどないせーちゅうねん。
しかしそんな原作の不遇は、あれはあれこれはこれの作戦のためかレスラーの方には累が及ぶこともなかったようで、ちびっ子たちがプロレス会場に足を運ぶこともなかった代わりにプロレスラーの方が消されたりすることもなかったようです。
結果、その他大勢のマスクマンの一人として、妙に格闘技の強そうな信頼のできるレスラーとして長年活躍することができました。
いまから十年ほど前のある日、そんな彼の試合前に大先輩の長州力が言ったそうなのです。
「お前、いま楽しいだろ?」
「はい! 楽しいです!」
彼は元気いっぱいにそう答えました。
「いつかこういうことが億劫になる日が来る」
そして近年、齢55になった彼は、試合の予定を見ると「あぁ、今日はしんどいな」と感じるようになってきたそうです。
試合の予定表を見ては、あと何日たてば休日だからゆっくり休もう、と考える自分に気づいたとのことです。
それまでは、休日には練習をしていたというのに。
そこで彼は、師匠のアントニオ猪木から習っていた「闘魂」、戦う魂が自分にはなくなってしまっていることに気が付いたのだそうなのです。
自分にはもう戦う資格がないのだと思った彼は、このたび引退することになりました。
社長にそう告げると「お前相談もしてくれなかったのかよ」と寂しそうに言われたそうですが、考え直すように言われることもなく受け入れてもらえたのだそうです。
なんというか、実に善いお話だとは思われませんか?
私はこの人のデビューから引退までのお話というのは、まるで史記か何かのエピソードのように思えます。
本当に、自分の道にまっすぐ生きて歩ききった人なのだなあと感じます。