コリン・ウィルソンの「宇宙ヴァンパイア―」を読みました。
大変に面白かった。
これ、あの映画の「スペース・バンパイア」の原作でしたので、村上春樹のプロデュースで翻訳されてると言うのにはちょっと驚きました。
しかし、原作がコリン・ウィルソンなのでまぁあの映画まんまの物ではないのだろうなと思いながら手に取りました。
ウィルソン御大、私が子供の頃には気鋭の思想家として話題に上っていました。
最近はあまり聞きませんが、当時はかなりセンセーショナルな存在であったのは間違いのないことだと思います。
「抽象概念を理解できるのは人類の5パーセントしかいない」という説などは私の胸にいまも鋭く刺さったままでいます。
そのウィルソン先生、なんとあのラヴクラフトの押しかけ弟子ことオーガスト・ダーレスに勧められたことをきっかけに彼らの「神話」小説を書き始めたそうで。
「神話」というのは専門用語なのですが、ご存知ない人のために言いますと別称をコズミック・ホラーと呼ばれている文脈のジャンルです。
宇宙ヴァンパイア―はそのような背景で書かれた作品なので、オカルト、ホラー小説の体裁を取っているのですが、その背後にコリン・ウィルソン式の世界観がしっかりと存在しています。
予想はしていたのですが、ここで描かれるヴァンパイア―というのは人間の精神を消耗させる存在です。
愚かな人間やヘイト・スピーチをして憂さ晴らしをする人間、ハラスメントやこすい嫌がらせ、ブラック企業の経営などで人を不快な目に会わせることで悦に入るタイプの人間をヴァンパイア―として描く、というところまでは文学的構造として容易に想像がついたのですが、その先がさすがにコリン・ウィルソンでした。
宇宙ヴァンパイア―では、その人の精神を奪う行為を、東洋哲学的な陰陽の気の思想のように書いていていました。
ヴァンパイア―が奪い取る人間の精神的生命力は、映画で強調されたように性的な物とされており、それはまず男女という陰陽構造を持っています。
さらに、そのエネルギーが、悪性のヴァンパイア―行為と良性のヴァンパイア―行為の両面から描かれます。
相手から気を吸い取る行為と、相手に気を与える行為です。
与えると自分が失ってしまう気がするのですが、そこで性差を活用して自分は相手の異性の気を与えてもらうのです。
完全に気の思想です。
気功で言う精(気の性的な面)の思想がここにあるがゆえに、この物語はセクシャルな物語となっており、映画ではあぁいう風になってしまっていたのです。
どうなっていたのか知らない方のために、淀川先生の解説を参考にしましょうか。
あの方はこの映画がお気に入りで、ある時のテレビ放映時に解説でこのように語っておられました。
「この映画、女の裸見たことが無い人は観た方がいい。いっぱい見れますよ。まー、いやらしい」
淀川先生ご自身、満月の夜には全裸でお庭に出られていたそうです。
やはり、ある種の気功的感性がある方だったのでしょう。
話戻しまして、性的なエネルギーを共振させて活力を挙げるというこの良性ヴァンパイア―行為は、我々が房中術と呼んでいる気功にある物です。
作中でも、これを研究している教授が女性の弟子たちに囲まれて若さを保っていました。
となると、そこに依存性はないのかと言う話になっていくのですが、教授はそうなるのが犯罪者気質の者だけだと語っています。
この犯罪者気質に関しては質問を受けると、それは「根本的に甘やかされた性格と言うことですな」と応えています。
健康な人間なら自分が独立独行していることを楽しんでいて、他人におんぶすることは気に食わない。しかし、一部の人並外れて自分を憐れむ傾向が強い人達は、世間に対する恨みと自分を憐れと思う気持ちがあまりに強いために、他人から助力を得れば得るほど、もっと助けが欲しくなと欲しくなる教授は解説をします。
この辺りがやはり、この小説が普遍的に持っている説得力に通じている部分のように思います。
これ、まさに房中術や中国武術などの伝統体育を用いて伝統思想を広めている私がいつも問題視している、無限に甘やかされることを望んで自己の独立を望まない人々の姿が見えてくるようです。
このヴァンパイア―の犯罪者的側面の解説は、物語の結末に直結しています。
ネタバレをしますので、知りたくない人は申し訳ないのですがここでご辞退ください。
さて、話しますよ。
物語の最後、地球に訪れていた宇宙ヴァンパイア―たちは、ドラえもんのタイムパトロール隊のように現れた同族の宇宙人警察によって逮捕されます。
物語の設定では、彼等宇宙人は人類よりはるかに高度な精神と技術を一体化した文明の中に生きている高等な存在で、それであるがゆえに法的な拘束や処刑などの我々が問題視しているレベルのある種の必要悪的行為をしません。
それが落ちに直結するところが、SF的などんでん返しとなります。
本来は半永久的な生命を持つはずであったのに、事故によって毒性の強い放射線を浴びてしまって他者の生命を吸わないと生きられなくなった彼等ヴァンパイア―たちに、警察役の宇宙人は治療を施すのです。
そうするとですね、完全に神のような存在に戻ったヴァンパイア―たちは、上で書いた「犯罪者気質」が回復してしまうのです。
彼らは元々、高度な知性と理性、倫理性を持った精神生命体だった訳で、それが病によって生命レベルが下がり、ある種の人格障害を起こしていた。
だから他の生命を奪ってきた。
それが元に戻ると、自分たちの行いの浅ましさ、卑しさを自覚して絶望した結果、自殺してしまうのです。
そういうことなのです。
これが、私がいつも書いている心身の健康による自己の確立の反対の面の姿です。
自分で自分を貶め続ける生き方をしている人々の末路というのは、そのようなことになってしまう。