前回の記事では、第一部のジョジョの奇妙な冒険における陰陽のポイントを大きく説明いたしました。
あらためて言うと、お家乗っ取りをたくらむ養子と正嫡の義兄弟が、邪仙と内功武術家になって戦う、という話です。
ちなみに、主人公ジョナサンはチベットの内功武術を学ぶ前に義兄弟のディオと格闘戦を行った際は、彼が操る当時の最新技術の格闘技であるボクシングに敗北しています。
またディオは火薬や心理学などを駆使してジョナサンを追い詰めます。
これは、19世紀における西洋科学の発展とその行き詰まりが、東洋思想に答えを求めたという当時の自制を反映しているように見えます。
ちなみに余談ですが、ジョナサンの内功武術はチベットのラマに伝わる物のようですが、ずばり中国(チベットは中華帝国の一部)にはラマ拳と呼ばれる拳法があります。
これはラマ僧の使った呼吸法などを用いた武術のされており、まさにジョナサンの武術そのもののような来歴です。手前みそですが、これがわれらが蔡李佛拳のルーツの一つです。
一方でディオが吸血鬼になったきっかけは南米の仮面文化で発見された儀式の仮面でしたが、ジョジョの奇妙な冒険第二部は、この仮面を巡る話となっています。
この仮面は、人類以前に地球を支配していた生物(柱の男たちと呼ばれる)が、多量の栄養を吸収するための手段として人間に手渡したものでした。
これによって吸血鬼となった人間が体内に人間の血液を大量に集めたところを、彼らがいただくという寸法です。
そのため、南米にはいけにえの儀式を盛んに行う吸血鬼に支配された文明があったという説明になっていますが、実はこれ、もともとの着想点はやはり中国にあったのではないでしょうか。中国にもやはり、仮面文明がありました。
そう考えると、チベットの波紋法が、銃弾や爆弾もものともしない存在である柱の男たちに有効であったのは、過去に彼らの一味がユーラシア大陸において接点を持っていたためとも考えられます。
第二部では主人公はジョナサンの孫であるジョセフに世襲されます。
ここにおいて、この物語のタイトル「ジョジョの奇妙な冒険」が、世襲制主人公の物語を意味していたことが判明して読者は驚かされました。
ジャンプのマンガは大きく言うと血統至上主義などと言われて、良いDNAを持っている人間が主人公になり、あとは物語の進捗につれてその潜在能力を開花してゆくだけなどという傾向がありますが、ジョナサンにおいては決して単純にそういうことではありません。
物語の始まった段階で彼は両親は不在で祖母に育てられる青年(少年?)で、肉体の強固さは継承していましたが、特別に柱の男たちと対等になれるような存在ではありませんでした。これは、先代のジョナサンが冒頭でいきなりディオと格闘戦をして敗北を喫したレベルであったことと相似しています。もちろんジョナサンの父親であるジョースター卿も、特別優れた戦死だったと言うような描写はありません。
では、なぜジョナサンは世襲されなければならなかったのでしょうか?
それはやはり、中国の思想に由来するものだと想像せざるを得ないのです。
と、言うのも、道教と並ぶ中国思想である儒教は祖霊信仰です。自分の先祖こそが自分を作った創造主であると考えてあがめているのです。
ジョセフは、呼吸法を体得するためにかなりスパルタな修行を受けることになるのですが、後にその時の師が失踪していた実の母親であったことがわかります。
彼女は一流の波紋法遣いとしてジョセフを指導するのですが、ここで注意しなければいけないのは、彼女はジョナサンとはなんの血統的なつながりもありません。
それでも後天的に波紋を体得し、それを自分の子供であるジョセフに伝授したのです。これが私が、決闘至上主義ではないと言った部分です。
ジョセフが祖先によって技術を与えられてきたように、ジョセフの相棒となる師兄のシーザーもまた、父親から波紋の極意を受け継ぎました。
彼の父親はジョナサンの師匠であったツェペリ男爵です。
しかし、彼の場合は父親からまったく手ほどきを受けていないのに先天的に波紋を仕えたように描かれています。
ですが、そんな天性の才能があった彼は作中敗死してしまいます。これをもってしても、この物語が血統至上ではないということがわかると思います。
母親にして師であるリサリサ、相棒のシーザーと共に、ジョセフは四人の柱の男たちと戦ってゆきますが、驚くべきはこの対戦が、3ON4であるにも関わらず、四人ともすべてジョセフが倒している部分です。
リサリサもシーザーも、善戦はしたものの敗北してしまいます。
同門の二人と一緒にジョセフをサポートするのがナチス・ドイツです。
以前このブログで西洋哲学の歴史をたどったときに書いたように、当時の哲学やオカルト、東洋思想を率先していたのがナチスでした。
このナチス、ジョセフ達と柱の男たちが争奪戦を繰り広げていたのが「エイジャの赤石」と呼ばれる鉱物です。
エイジャ、そう、中華帝国をほうふつさせます。
この赤い石の存在から、ジョジョの奇妙な冒険全体を貫く鉱物信仰が表れてきます。
赤石の力で、あらゆる生物に変化することが可能な「究極生物」となった柱の男の最後の一人に対して、ジョセフは火山の噴火を活用して宇宙空間への追放を図ります。
もちろん、究極生物となった柱の男は死にません。宇宙空間で鉱物に変化して生きながらえます。しかし、かといって移動する動力もなく、そのまま星屑となって永遠にさまよい続けることをにおわせて決着となります。
ここで重要なのは、祖霊信仰に次いで出てきた鉱物信仰です。
世界各地に奇岩や希少な宝石に対する崇拝は見られますが、これを五行思想で言うとその特徴は永遠の意味しているということです。
世界のすべてを構成するという五つの物資、木火土金水のうち、鉱物である金に属します。赤い石の力で完全な五行の調和がとれた柱の男は、永遠に滅びることもなくまた不変である鉱物になってしまいました。
五行思想では、金に勝るのは火だと言われています。鉱物の金の気を、火山の火の気が倒したということに読み取れます。