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武侠小説にみる真実

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注・ネタバレあります。

 先日、偏差に関する話を書きましたが、この部分は正統な中国武術がおそらくはもっとも気を払う部分であり、また中国武術ガラパゴス地帯であった日本ではおろそかにされていた部分であると思います。
 結果、中国武術はただの古臭い時代遅れの使えない格闘技とみなされがちなのですが、やはり功というもっとも重要な要素を取り払ってはその価値は測れません。
 中国武術がどれだけ行う人間の肉体に影響力を持っているかというのは、中国文化圏においては常識になっています。
 これは、お相撲がただの格闘技ではないと我々日本人が思うのと同じように文化レベルでのお話です。
 このコンセンサスの拡散には、武術マスコミの存在の有無が大きいと思います。
 中国では昔からそのような物が存在していました。代表的なのは新聞記者であった金庸氏で、歴史的に名高い呉陳比武と言った大きな試合の取材をしており、当時の流行となった新武侠小説の第一人者となりました。
 彼の小説は唐豪先生のような武術史観研究家の仕事や、実際に見聞した武林の話を反映しており、そこここにこれはあの件をモチーフにしたのだな、と想像できるような個所が沢山あります。
 例えば人気登場人物である東方不敗などは、偏差の代名詞となっているくらいです。
 彼の登場する小説「秘曲笑傲江湖」は、武林における正派と邪派の話なのですが、ここで言う正と邪とは正義と悪という意味ではありません。正統の武術と左道の武術という意味合いが伺えます。
 主人公の青年は正派の伝人だったのですが、自派の中にも居た邪派の先人の武術を身に着けてしまいます。
 これは日本語訳では「剣術流」と役されていたと思いますが、要するに技撃を重んじる派のことです。
 対して本道は「気功流」と訳されていましたが、武術では根本の内功の功夫が大事だとする派です。 
 しかし、技撃派は気功も大事だが達するまでに時間がかかるので、まずは手の技を持って相手に勝つことを確保してから長期的な研究に臨むべきだと主張します。
 そのために編み出されたのが秘伝の技撃法で、あの門派のこの攻撃にはこの角度からこう突くとカウンターが取れる、とかあの拳のこの攻撃にはこちらからこうフェイントをかけるとこう崩れる、というようなことを、壁画に描いて残しており、それを見れば功夫の低い者でも手わざレベルで勝利を得られるようになっています。
 そのようにして、実力は伴わないのですがとりあえずうわべの腕比べには一時勝てるようになってしまった主人公が出くわすのが、魔教(と称されていますが後の洪門のことです)の司祭である妖人、東方不敗です。
 彼はあまりの危険性に封印された禁断の武術書に乗っていた禁断の練功法を実践してしまった人物で、当代最強の武術者と恐れられているのですが、その実態はニューハーフの爺さんです。
 禁断の練功法と言うのは、自ら去勢し、陰陽のバランスを変化させることで行うものなのですが、その結果用いる得意兵器は針です。
 東方不敗のモデルは八卦掌の開祖なのではないかなどと言われていますが、確かに八卦掌も針を用いたりするようですね。
 しかし、針でつついてくると言えばガビ派や白鶴拳なども知られています。
 ガビの代表である白眉拳などは、白鶴拳と同根の武術なのですが、外部の風評では練功すると残酷、執念ぶかく、凶暴、陰険になるなどと言われています。
 これは同系の南派短勁拳法によく言われる偏差の典型です。
 東方不敗もそのために人格が崩壊してしまっており、残酷、陰険な悪漢として畏れられています。
 この辺り、金庸先生はかなり取材して書いたのだと思うのです。
 目先の勝ちにばかり囚われて本道の内功を積まないと人格がおかしくなる、というのはすでに当時から武林では危険視されていた問題なのでしょう。
 それがフィクションの形でフィーチャーされたのだと思います。
 あるいは、邪派の武術家が常に薬物を飲んでいないと死んでしまう身であるとカリカチュアされているのも、そのあたりの偏差を抑えるためにアヘンで苦痛を抑えていたということがモチーフになっているのかもしれません。
 邪派の人間だからと言って悪い人間だとは限らない、というのがこの作品の視点なのですが、しかし、身体に悪いのはやはりいただけないなあと感じます。
 このようなことはフィックッションを介して巷間に広まっており、中国や東南アジアでは一般の人にも知られていることなのですが、日本ではまだまだ理解がない部分です。現に金庸氏は世界でも最も売れた作家のひとりなのですが、日本ではほとんど知られていない。
 この、文化的側面からの見識の拡張というのも、我々の世代の役割と言う気がします。

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