両手でバストンを操るシナワリが、ラプンティにおいてはシンゲル・シナワリであるということを少し前に書きました。
実際、相手の兵器を奪ってこちらは両手持ちで攻めるというのはラプンティの必勝パターンです。ほぼ残心と言ってもいいような様子で練習されます。
しかし、シナワリは実は両手持ちの練習のためではなくて左手の訓練だと言う説があります。
確かに、左手だけを練習するケースが、シンゲル・シナワリを始めとして基本の中にちょいちょい出てきます。
以前、私が好きなエスクリマドールのエピソードを紹介しました。
それをあらためて引き合いに出してみたいと思います。
エスクリマの流派、コンバット・マランガ・エスクリマのグランド・マスタルである、ロドリゴ・マランガはエスクリマドールの家に生まれたそうです。https://www.youtube.com/watch?v=F4VMz5SOCJg
しかし、家伝だからやるというだけで、若いころは積極的に稽古していなかったと言います。
ですが、酒場で酒を飲んでいる時に、地元の有名なエスクリマドールであるノイ・タンションと出くわしました。
すると彼がまるで80年代の映画に出てくる不良のように「なぁ、お前マランガだろう? 俺とパラカウをしようぜ」としつこくせがんできたことがあったそうです。
パラカウというのはバリンタワック・エスクリマ系の流れで行われる、ある程度フリーに打ち合いを伴った練習法です。
これを我々はタピタピといいいます。この言葉は、バリンタワックとはライバルであったドセ・パレス派の流派が遣うもののようです。
ロドリゴは断ったのですが、タンションに押し切られて仕方なく乗った結果、ボコボコ叩きのめされてしまったそうです。
それが悔しくて、父親から改めて熱心にエスクリマを学びなおしたと言います。
昼は父親に稽古をつけてもらい、夜になると酒場に行ってタンションを待ち、出くわせばパラカウを挑み、そして敗北という日を繰り返していたのですが、ある時ロドリゴがまたパラカウを申し出ると、タンションは「俺ではもうお前に打ち込めない」と断ったそうです。
ロドリゴは、タンションに今でも感謝していると言います。
その辺の酒場に剣士という職業の人がいて、そのように暮らしていた時代の、ヴァイブスあふれる話です。
ちなみにこれは20世紀です。
そんなタンションですが、実は左利きだったのだと言います。
パラカウ、というか我々のいうタピタピは、名前はタピタピですが、実は内容はパラカウと同じ動きをします。
そして、私たちの独自の動作であるマグニートという掴んでおいて打ち込む技術を用いたとき、相手にバストンを止められたら、左手に持ち替えてそのまま攻防を続けるということをします。
あるいは荒くれ者のノイ・タンションも、このような癖剣を遣ったのではないでしょうか。
こうなると、明らかに左手がきちんと使える方が、立体的に技術の幅が広がります。
この時のための備えとして、シンゲル・シナワリなどで左手を使う練習をしているのではないか、と推測されます。
ラプンティのグランド・マスタルが、左手もしっかり練習しておくことが大切だと言ったと言う話も聞きます。
エスクリマは脳トレの要素があります。
これもまた、その一環の効果もあって、それが無意識の動作を身につけることにもつながっている気がします。
ちなみに、うちの筆頭学生さんはもともと左利きの両利きです。
この中国武術家にとっては奇跡のラプンティ・アルニスは、実は彼のために海を越えてきたものなのかもしれない。