陸上の日本記録保持者で、三回のオリンピックに出場している為末選手は、現在後進の指導に力を入れていらっしゃるようです。
その為末さんが面白い話をしているのを耳にしました。
為末さんは指導において、まずは走ると歩くの違いについて明確に認識させるそうです。
すると、劇的に走力が増すのだといいます。
さて、みなさんも考えてみてください。
走ると歩くの違いはなんだと為末コーチは言っていたでしょう?
正解を発表します。
走ると言うのは、ジャンプが含まれている、と言うのです。
曰くには、筋肉と言うのはゴムボールのようなもので、まず着地で圧縮してやるのだそうです。
するとバウンドが起きます。それがジャンプですね。それに任せて次の着地点に重心を飛ばすのです。
その、圧縮、バウンド、ジャンプという流れに自分は乗っかるだけでいいのだと言います。そうすると速くなるのだそうです。
それを為末さんは、受け身で走ると言っていました。
能動的に自分の筋力で走るのではなくて、最初に発生させた勢いのバウンドに受動的に乗るのですね。
これは心身を澄ませて物事の流れにのるというタオの考え方に非常にのっとっています。
そして、我が蔡李佛の勁とは最後のところでまるで違います。
開合を伴う明るい勁なら、その勢いで良いのだと思いますが、私が指導している見えない勁、暗い勁ではいかにその勢いを無くすかがポイントとなります。
為末さんの例えに乗っかると分かりやすいので便乗してみましょう。
まず、私たちは圧縮した物をバウンドさせません。
バウンドさせないのでジャンプもしません。
これを為末さんは歩くと言っていました。歩くと言うのは、停止を続けてゆく行為なのだと言います。実際にそのように歩けている人はほとんどいないでしょうが、考え方としては分かります。
多くの武術ではこのバウンドとジャンプを活用するようですので、それをしないところにこの威力のミソがあると思われます。
ではどうするのかというと、圧縮させたものをどんどん圧縮してゆきます。
そうすると、内側への圧が極まって外周が拡大してゆきます。
ボールにどんどん空気を入れてゆくのと一緒ですね。
これによって、足だけでなく全身に圧が広がってゆきます。
これを私たちは、これまでも何度も書いてきている表現で、勁力を圧縮した巨大な鉄球と呼びます。全身が勁力で張り詰めた塊になります。
これで打てば、勢いは使わなくても内側に力がみなぎり続けているので、その力で相手を打つことができます。
これにより、私たちは止まり続けながら相手を打つことになります。
止まった状態を維持しながら歩いて移動します。
このやり方の発勁をするためには、二つの要素が必要になります。ゴムボールの例えで言うなら、ボールの強靭さと伸縮率です。
それが無いと、圧に負けて力が自分の弱いところを決壊させてしまいます。
だから我々は内功を行って自分と言うゴムボールをひたすらに強くする練習ばかりをしつづけるのです。
理屈は簡単ですね。
そして同様の理由で、自爆して自分を傷めるだけなので、練功をしない人には伝えられないのです。
これも簡単な理屈ですね。
しかしこの簡単な理屈を簡単にやれる人は存外に少ない。
なぜだか知りませんが、出来るようになりたいが練習はしませんと言う人が非常に沢山います。
とても複雑で難しい話です。