修行の旅を終えた孫悟空は、再び天下一武道会に参加します。
思うにこの天下一武道会という物自体、民国初期に行われていた中国での武術大会ブームを反映しているように思えます。
実際、それらの試合で凄腕の武術家が幾人も発掘され、不安定な情勢での戦地への影響が期待されていました。
そう考えると、ドラゴン・ボールの世界は一見平和なようでいて実は世情は結構不安定だったのかもしれない。
そんな危険な政情が裏にあったかもしれない天下一武道会に二度目の参加をした悟空達の前に立ちはだかったのが、亀仙人の兄弟弟子であった鶴仙人の一門です。
ここから参戦しているのが、チャオズと天津飯なのですが、彼らの服装が実に意味深い。
チャオズは満州族の伝統衣装の龍抱のような物をまとっており、天津飯はラマ僧風です。
その名前となっているのは、中国東北地方の料理から関東軍の作った満州国を経て日本料理かした物です。
つまり、東北の満州国を巡る軍閥の気配が如実にする。
満州と言うのはマンジュと発音するのですが、これは日本で言う文殊菩薩のことで、彼らはチベットのラマ教を国教としており、ダライ・ラマを国師としています。
そのため、天津飯のラマ僧姿は非常に納得がゆくものとなります。
ショウブラ映画や金庸先生の武侠小説などではしばしばラマ僧が強敵武術家として登場したりするのは、中華的価値観においては功夫は道教や仏教の修行の一部であるため、高僧は武術が強いという連想があったためです。
また、このチベット仏教の武術で我々蔡李佛拳に影響を与えている物に、ラマ拳という物があるのですが、この武術のまたの名を白鶴拳と言います。
南の福建白鶴とは違う、長拳類の武術です。
となると、鶴仙人の門派は北派のイメージが強く思わされます。
亀仙人の一門がノースリーブや半そでを着てトロピカルな場所で練習をしていた南派武術っぽいことと対比になっているのでしょう。
ちなみに、亀仙人一派の看板技であるかめはめ波は、南派武術名物の胡蝶掌という技そのものです。
両派のうち、大会で優勝するのは天津飯なのですが、彼は非常に興味深い人物です。
額に目が開き、腕が四本に増えるというのは明らかにラマ仏の姿なのでしょうが、これは行によってチャクラを開いたことを表現した物です。
そしてラマ教独特の仏像であり、我々の教えの中でも重要視されているのが、性交をしている仏像、交合仏なのですが、これは性交によって陰陽のエネルギーを活性化させて悟りに至ると言う房中術の考えを仏像として描いた物です。
亀仙人の時に書いた精の運用ですね。
亀仙人が好色で天下一の実力となったように、天津飯もおそらくはその運用によって天下一となったのでしょう。
天津飯、物語上でも屈指の武術家キャラクターです。
戦闘狂に落ちてしまう悟空や、還俗したクリリン(これは大きい目で見ると仏教、道教の教えとして大正解)、単なる傭兵のベジータなどと違い、ストイックに武術の道を追求している人物です。
その天津飯が天下一武道会で優勝を目指した理由と言うのは、鶴仙人の弟のタオパイパイのような一流の殺し屋になりたかったからだ、というのですが、となると当然ここで「殺し屋なんて秘匿性の高そうな職業目指してるのに目立ってどうする」という突っ込みが湧いてきそうですが、これ、先ほどまでの見立てを重ねますとそうではありません。
民国初期の動乱期、中国で行われていた大規模な武術大会はいずれも軍閥間で活躍する武術指導者や傭兵、自衛官、などを発掘するための物でした。
暗殺者もその中に含まれます。
我々中国武術家の中では、国民党軍閥に所属して若くして高名な暗殺者となった有名武術家の名前がすぐに思い浮かびます。
天津飯のモチーフはその辺りなのではないでしょうか。
だとすると、師の弟とされている同門の先輩、タオパイパイは、実在のその暗殺者の師匠の高名武術家なのかもしれない……。
つづく