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Channel: サウス・マーシャル・アーツ・クラブ(エイシャ身体文化アカデミー)のブログ
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ルパン一族の家伝武術

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 以前に、アルセーヌ・ルパンは武力、および身体操法を軸に据えた侠盗であり、その力は父親から伝えられた術に由来している、ということを書きました。

 今回書くのは、この家伝の術についてです。

 アルセーヌはこれを父から学んだと言っているのですが、この父親と言うのがまた興味深い人物です。

 というのも、アルセーヌの身の上を調査したカリオストロ伯爵夫人は、このルパン父のことを「詐欺師だ」と称しているのです。

 表向きの職業は一回の運動教師であったけれども、その真の姿は犯罪者であったと。

 つまり、アルセーヌのプロト・タイプがここにある訳です。

 しかしこの父親が、決して怪盗ルパンエピソード0世だとは言い切れないのです。

 というのも、さらにさかのぼったご先祖が、ナポレオン軍で活躍していた貴族であり、敗戦時には密命を帯びて、ジャンヌ・ダルクの遺書を敵に渡さないようにと携えて戦線から離脱して言ったということが描かれています。

 このように、ルパン一族と言うのは代々フランス史の裏で国のために暗躍してきた武侠一族であったようなのです。

 アルセーヌの父が貴族を世襲しておらず平民として暮らしていたのは恐らく、この先祖が隠し持っている遺書を守るために身分を偽っていたのではないかと思われます。

 死亡工作をして身をくらますなんていうのはアルセーヌの得意とするところなのですが、おそらくこの手口も上述の先祖から伝わっている物なのでしょう。

 そう考えるなら、恐らくは父親がアルセーヌに伝えた武術や練功法は、この先祖の時代から伝わっていた物のようにも思えますし、さらにはその前の世代からだとしてもおかしくはない。

 以前に書いた通りに、アルセーヌ・ルパンと言うのはホームズと戦うためのヒーローとして設定されています。

 年齢差があるのでホームズの登場は初期作品に限られますが、中年期のアルセーヌはまた身分を偽って今度は探偵になって事件を解決する時代を送りますので、これは相手と同じフィールドで勝負をしていたとも解釈が出来ます。

 この背景にはもちろん、イギリスとフランスのライバル関係があることは間違いないでしょう。

 アルセーヌがフランス式ボクシング(サバット)のみならず、英国式ボクシングまでも父親から体得しているのは、先祖代々敵性国としてイギリスのことを研究していたからかもしれません。

 工作員一族なので、イギリスの言語や文化は分かりませんでは話にならない。

 また、これはあくまでセリフの中に出てくる自称ではあるのですが、アルセーヌは自分はグレコ・ローマンの達人だと言う描写もあります。

 実際には敵と組打ちで戦う時には日本武術を用いることが多いのですが、これ、時代的にはフランスでジュードー、ジュウジュツが流行するよりも数年早いのです。

 アルセーヌはこれを父親から習ったとまでは行っていますが、ではその前の世代はどうでしょう?

 おそらくは時代的に考えて、そこがルパン家では元祖でしょう。

 その前の世代までは、きっと日本武術までは手が回っていない。

 なにせ明治前までは日本人があまり西洋に行っていない。

 いくらかレアケースはあるのでしょうが、確率はあまりに低いと思われます。

 となると、二代前までは家伝の工作員訓練法において組技としてはレスリングをしていたのでしょう。

 面白いのは、ルパンはこうして密偵、盗賊、調査員としての活動を生涯に渡って送ってゆくのですが、中年期に至ってまったく新たな道を歩むと言うことです。

 これまでは、バーネットと名前を変えて探偵事務所を構えて、かつての宿敵ガニマール警部の弟子とバディ物の探偵小説になるシーズンをもってルパンのシリーズは終わる物だとされていました。

 しかし実は、21世紀になってからル・ブランのお孫さんが遺稿を発見してそれを刊行、現在ではこれがシリーズ最終作だとされているのですね。

 それが「ルパン最後の恋」なのですが、この作品では、ルパンは探偵の仕事をしている様子は描かれていません。

 また国際スパイとしてフランス貴族の令嬢とイギリス皇太子の婚姻を巡る陰謀を阻む姿が描かれているのです。

 敵となるのはイギリスの情報機関なのですが、これはおそらくはMI組織なのでしょうね。

 設定から考えるに、恐らくはルパンはどこかからイギリスのこの陰謀を聞きつけて、ミッションに入って行ったのでしょうが、この作品ではそこに至るまでにバーネット探偵社を営業していたとは書かれていません。

 では何をしていたのかというと、引退軍人のような身分として、フランスの港町で身の上の良くない子供たちの教育機関を開いていたのです。

 これは完全にボランティアで、親の居ない子供たちや親から虐待を受けている子供、貧困児童などにスポーツ・スクールを開いて世の中で見下されずに生きているような教育を施している。

 ものすごく現代的な課題ですよね。

 本当は私がしたいのもこのようなことです。

 子ども食堂やフリー・スクールなどで武術を伝えたいと思っています。まだ縁がなくて道筋が見つからないのですが……どなたかツテがあったら教えてください。

 このような活動について、ルパンはこれは世界のためだと言っています。

 工作員として世界を股にかけて活躍し、従軍して異国の戦場で戦ってきた結果の結末が、単なる愛国心では無くて世界平和の全ての子供たちの未来のためにはこれが必要なのだ、として身体文化を指導している。

 そこで教えられるのは、水泳の他に体操などであると書いてありますが、実はこのスクールで弟子とも言える立場に言えるリーダー格の少年が、DV癖のある父親に銃を突き付けられた時に、それを「蹴りで」弾き飛ばすというシーンがあります。

 この時、父親は「てめぇ、何か習っていやがるな!?」と言うのですが、すなわちこの時代には武術と言うのは訓練して学ぶと言う概念があるということなのでしょう。

 あるいはフランスと言う文化、教育の国ではずっと古い時代からそのような考えが当たり前だったのかもしれません。

 もちろん、この敵の武器から身を護るために蹴りを使うというのはフランス式ボクシングなのでしょう。

 子供たちは水泳やキャリステニクスだけではなくて、このようなルパン家家伝の武術を手渡されている可能性が非常に高いのです。

 実はこのスクール、ルパンが語った理想の一方で、彼らは子供自警団としての裏の顔もあり、女子供に悪さをした犯罪者をマークして、夜襲をかけて制裁を加えるということをしています。

 つまり、この子供たちは成長すると完全に地域の自治を自主的に行う秘密結社になってゆくのですね。

 ルパン一族の拡大、拡散だとも言えます。

 この物語を持ってルパン・サーガは終わるのですが、最後にルパンは結婚し、この子供結社の育成に残りの生涯、力を注ぐ、という形で終わっています。

 つまりこの小説シリーズはですね、元々は親から身体操法だけを受け継いだ少年が、そこにまつわる使命とスリルだけの人生を送っていた物の、ついには愛国心を乗り越えて世界平和に目覚め、そのためには世の中から切り捨てられているような弱者に手を差し伸べる必要があると考えるようになり、そのために身体操法を伝えることが自立への道になるであろう、という結論に至るまでを描いた、武術家の成長物語だとも読める訳です。

 みんなが幸せになる素晴らしい幕引きでした。


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