前回、中国での実戦という物の概念について書きましたが、これは中華と言う巨大な地域に及ぶ長大な歴史において培われてきた物です。
先に劉備の例を出しましたが、中華の歴史そのものがこの宗族制度と械闘によって作られて来たといってもいいかもしれません。
よく、中国人は政治を信頼せずに身内のコネクションを土台として生きていると言いますが、それがまさにこれです。
突出した一つの姓による政権など、次の姓による「易姓」革命が起きればすぐに無価値になってしまう。
それよりも、生まれる前から死んだあとまで続いてゆく姓による宗族組織の方が普遍性があります。
開拓期のアメリカでは二次移民民族のイタリア人たちが移住してきた時に、彼らがアメリカの法ではなく祖国から持ち寄ってきた独自の法や金融制度を国内に持ち込んで運用していることを知ったときにこれを「影の政府」と呼びました。
マフィアのことですね。
このことをルポ的な小説にして全米を揺るがせたのが、マリオ・プーズォの「ゴッド・ファーザー」です。
同様の仕組みがより早く知られていたのが、西海岸に移住した太平天国党の落ち武者たちが作っていた中華系移民たちの社会です。
これは後にチャイニーズ・マフィアと呼ばれるようになりました。
これにて、すなわち械闘を前提とした武装組織と宗族的な自治組織と言う物が一本化している理由が見えてきます。
これらの基本が中華文明における宗族社会にある訳ですが、この宗族を最小単位として、太平天国のように宗教結社、革命結社が作られることが中国では非常に多い。
太平天国の乱はいまだに二度の大戦を凌いで世界規模で最も大量の戦死者を出した戦争だと言われていますが、その背景には一般に日本人が宗教結社と聞いて想像するような個人単位での帰依ではなく、一族、宗族単位での参加が存在しています。
そのために、太平天国はキリスト教系秘密結社の反乱という一面だけではなく、客家やチワン族、蔡李佛拳のような自衛団体や武術団体などが寄り集まった巨大集合体でした。
劉備を筆頭とした劉家軍と同様の構成がそこでは行われていたのです。
水滸伝を読んでも、背景にこのような郷土の武装勢力が常に垣間見えます。
これはつまり、中国全土に常識的に存在する械闘集団が途方に暮れるような数集合した物だと言って良い。
また、このように国中に械闘組織が満ち溢れていた世の中においては、当然にそのマスプロ化が行われます。
宗族や宗教などに属さない、械闘部門の専門家が独立した傭兵集団が現れます。
これを通称「鳥」と呼んだそうです。
中国武術には鳥の名前を冠した武術が多い、特に南派には多いと言うことは以前にも書きました。
私が師父をしている蔡李佛拳も、鴻勝蔡李佛拳です。
これは西藏白鶴拳に非常に共通した拳であると言われており、鴻と鶴が見られます。
当然、いま教わっている白鶴拳も鶴ですし、鶴法の一派である五祖拳も鶴拳類と言えます。
さらに言うなら、私が教わっている五祖拳は五祖拳の中でも白鶴派五祖拳と言ってより鶴性が高い。
そしてその鶴の本場である福建省が、同時に械闘で知られている土地であることを考えると、そこになにがしかの由縁があるのではないかと想像する次第です。
つづく