もう十年近く続巻が出ていなかった、チャイナタウン探偵シリーズの新刊が翻訳されました。
これは東海岸に住む女性ABC(アメリカン・ボーン・チャイニーズ。中華系米国人)の若い探偵が、アメリカ人としてのアイデンティティを持ちながら華人社会での事件に取り組むうちに、実は子供の頃からなぜか折々に「おはなし」に行く近所のおじいさんが幇の長老で在り、自分たちは彼等に見守られていたことを知ったり、あるいは文革、また天安門事件などが中土を離れた異国の移住者においても強い影響を持っていることに対面してゆく、という私にとっては非常に親和性の高いシリーズです。
今回の物語は、タイトルが「南の子供たち」で、主人公と相棒はミシシッピ州に住んでいる「いとこ」の関係した事件の捜査に赴くようファミリーから要請されるという導入となっています。
「いとこ」というのは中華系の「ファミリー」の中のどこかに存在する親戚という意味です。
我々の国の法律で決まっているような親等に基づいた言葉ではありません。
この「いとこ」の概念を読んで私はアダムス・ファミリーの毛むくじゃらの「いとこ」、カズン・イット(親戚のアレ。もしくは親族の何か)を思い出してちょっと面白い気分になりました。
以前に書いてきた、中華社会における宗族という概念があります。
同姓の一族はみな同じ血族であり、その中での婚姻は不可だし一朝ことあれば軍閥として団結して戦うというトライバルな単位のことです。
そのような物が背景にあって、彼女は東海岸社会である種の「役割」を見なされてここまでの活躍をしてきたのですし、今回も同じく、いわばファミリーからの代行者として出向することになります。
この段階でもう、アメリカにおける中華人社会の歴史が感じられて非常に面白いですね。
このシリーズは、隆慶一郎先生の衝撃のデビュー作「吉原御免状」のごとく、知られざる歴史をひもといてゆくエンターテインメントとなっています。
今回は南部における華人の歴史が語られるのですが、南部と言えばミシシッピー・バーニングな、人種差別の厳しい土地です。
その過酷な歴史の中で中華系がどのように根付いてきたのか、ということを、我々と同じく現代っ子のヒロインも知りません。
それに触れて行くわけですね。
アメリカにおけるアンダーグラウンドな華人の歴史と言えば、以前に書いた我らが太平天国党の落ち武者たちが西海岸に落ち延びて行った、というお話があります。
19世紀のゴールド・ラッシュ時において、彼らは苦力として線路を敷く労働や炭鉱労働に従事し、さらには岩盤の下に地下帝国を築いてそこに独自の国を開拓していました。
南部においても彼らはやはり苦力として労働をしているのですが、その中で南北戦争が決着し、奴隷解放が始まります。
これによって労働社会に大きな影響が出て、彼等中国人の仕事は解放された黒人種と競合してしまうことになります。
もちろん、南部はいまにいたるまで差別が厳しいところで、解放されたとはいえ元奴隷だった有色人種の就ける仕事は限られています。
60年代の公民権運動までは、人種隔離政策が敷かれていて有色人種と白人種は同じ店に入ることも同じバスに乗ることも出来なかった。
これは、全国的には近年まで完全に全米では撤廃されておらず、私が子供の頃などは「アメリカでは白人用のトイレとカラードのトイレは別だからお前も気を付けろよな。間違って白人用のを使うと殺されるぞ」とよく言われていました。
南部ではそのような人種間のリンチが名物で、そのまま殺されることも珍しくなかったようです。
いわゆる「奇妙な果実」ですね。殺されて木から吊るされてしまう。
このような人種差別に、第三の人種である黄色人種も触れえざるをえません。
といっても、この人種隔離と言うのはそもそもが南部のアメリカ貴族(WASP)たちが彼らの基準とする身分さに基づいて設定した物なので、モンゴロイドやオーストラロイドがどう対応されるのかについてまで細かく区分はされていません。
ではどのように区別をするのか、というと、それがワン・ドロップ・ルールです。
つまり、一滴でも黒人種の血が入っていれば黒人だとします。
これは何を意味していたのかというと、つまり彼等WASPがアフリカから連れてきた奴隷たちと言うのは、極めて高価な物なんですね。
高級家具やいまの自動車くらいの値段だと言います。
そうすると、買い足すよりも自分たちで繁殖をした方が効率がいい。
そうなるとどうなるかというと、黒人種同士の婚姻が行われる訳ですが、中には奴隷の娘に手を付けて子供を産ませるというWASPも多かったようなのですね。
そして生まれた子供は奴隷として売る。
自分の子供をですよ。
アメリカと言うのはそういう歴史でやってきているのですね。
それがアメリカ式の資本主義であり、トランプ支持者の南部の人たちの価値観ですよ。
現在共和党はキューバ移民を抱き込んでいますが、彼らは当時、キューバに黒人奴隷の種付けをする牧場を作ろうとしていたんですね。
しかし、中には社会的階層が高くても、黒人種の女性を愛して妻とする白人種もいました。
北部からの移民も現れますし。
そのようにして、両人種間に生まれた子供は、南部の人種隔離政策においては「黒人種だ」と判定する訳ですね。これがワン・ドロップ・ルールです。
ところが、南部と言ってもこの人種隔離政策は州によって表記にブレがあったそうなんですね。
「黒人種は○○をしてはいけない」という書き方をしている所と「白人以外は〇〇をしてはけない」という書き方をしている場所があったそうです。
そうなると、前者の場合は黄色人種は法的には隔離されないことになるんですね。
そこで職を失い始めた中華系の人たちは、彼らの間に入ってビジネスをすることが出来ました。
食料品などでも、流通を握っている白人種から買わないと黒人種も生きていけない。
しかし、白人種が経営している店や会社の施設には黒人種は入れない。
そうなると一端路上に品物を出してから売買をすることになるんですが、これは不便ですよね。
列車なんかで荷物を運んできても、荷担ぎ労働の黒人種はそれを白人種が経営している会社の倉庫に入れることが出来ない。
そこで、間に中華系が入ってきたのだそうです。
結果、南部には中華系の経営するドラッグ・ストアというものが沢山出来たそうです。
よく、アメリカの映画や小説を見ているとドラッグ・ストアで謎の中華料理を扱っていることがありますが、どうもあれはそういう経緯の名残らしいのですね。
そしてそのような文化に乗っかった形で、あの有名なパンダ・エクスプレスの「ツォン将軍のオレンジチキン」なんかのアメリカ中華料理のテイクアウト文化が成立していったことは想像に難くありません。
例の、紙の入れ物に入ったチャイナ・フードですね。
昨今、アメリカではアジア人ヘイトがニュースになっています。
きっかけはCOVIDとなっていますが、その土壌はこういった歴史的な変遷となっています。
南部の黒人種の人々の中には、中華系の人たちとの共存でやってこれたと思う人たちもいれば、自分たちの仕事を奪い中に入ってピンハネをしてると見る人も居る訳です。
と、言う訳で、本日の中国文化のお話は、アメリカ南部における華人社会についてでした。