お盆なので、古くから伝わる怪談でも書きしましょうか。
私の好きな妖怪の話で、また夏にふさわしい海にでる妖怪のお話です。
「紀州おばけ話」という本に出ている和歌山県のお話だそうです。
ある夜、漁師たちが海に乗り出したところ、海面から沢山の人々が上半身を現わして舟を囲み「柄杓をかせー」と声をあげてきたそうです。
これは典型的な船幽霊のお話で、柄杓を貸せばそれで船の中に水を入れてきて、そのまま沈没させられてしまいます。
そこで船幽霊に出くわした時には、柄杓の底を抜いてから渡せば難を逃れられる、というお話が有名です。
しかし、この和歌山に伝わるお話は一味違います。
すわ、船幽霊だ、と漁師たちが慌てる間にも、幽霊たちは手を伸ばして仲間の一人の首根っこを掴んで海中に引きずり込んでしまいます。
柄杓関係ない!
そこで漁師たちは出刃包丁や櫂で幽霊たちを打ち叩きながら、必死で岸まで船を漕ぎ、どうにか霊から逃げ切った、というお話です。
幽霊も漁師もどっちもパワー型!
直接暴力で互いにぶつかり合うという、ほとんどハリウッドのゾンビ映画のような珍しいタイプの怪談です。
このお話が書かれた本が出たのは80年代前半、もしかしたら実際に作者の方が「ナイト・オブ・リビングデッド」を観て影響を受けたのかもしれません。
しかし、またここで、海賊武術研究者としては別の視点も想像するのです。
というのも、紀州と言えば有名な海賊処。
この漁師たちもさては荒事に優った海賊衆だったのではないでしょうか。
そう考えると、このお話は海賊に沈められた恨みを持つ者たちの恨みが浮かびあがってくるようにも考えられます。
紀州海賊と言えば、古くは源平合戦の時に源氏方と平家方が両立していたとも言いますし、後年は足利幕府に海運を認められているまでに歴史と勢力を持っていたと言います。
あるいは死者たちもまた、源平時代などに相争って敗れ去った海賊でもあったかもしれません。