Quantcast
Channel: サウス・マーシャル・アーツ・クラブ(エイシャ身体文化アカデミー)のブログ
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3388

ワカンダ・フォーエバーについてもう一度

$
0
0

 以前に一度書いた、映画「ブラック・パンサー ワカンダ・フォーエバー」についてもう一度書いてみたいと思います。

 ネタバレを含みますので、お気をつけください。

 映画のクライマックスで、群れを成して裸に槍一本みたいな姿で迫ってくる海底王国タロカンの皆さんと、それに対して最新兵器の銃器を打ちまくっている主人公側、ワカンダ王国の戦いを観た時に、私は「ナウシカ(劇場版)を観たことの無い人にとっては、これは私が初めてナウシカを観た時のような衝撃を与える映画なのではないだろうか」という感想を持ちました。

 最大の違いは、この映画にはナウシカが居ないということです。

 主人公は、この映画でも若くして領主となっている天才的な科学者の少女という点でナウシカ共通するのですが、この映画の主人公、二代目ブラック・パンサーはナウシカが持っていた最大の要素である「感性」を持ち合わせていません。

 これは「心」と言い換えてもいい。

 私たちの行で言う「識」でも同じく。

 私たちはナウシカを観た時に、相争う本来戦うべきではない集団同士の中でどのセクトにも所属しないでただ正しいことのために一命を尽くしたヒロインの「心」に胸を打たれたはずです。

 しかし、二代目ブラック・パンサーは全然そういった存在ではありません。

 政情不安定な王政国家の政権を任されてはいる、まだ未成熟で何が正しいかもわからず、我儘で弱い、当たり前の少女です。

 ただ身体能力としての脳の力だけが発達している、いわば筋力だけで心が伴っていない脳筋ヒーローの変奏曲だと言って良いでしょう。

 マーヴェル映画では、アイアンマンにマイティ・ソー、ドクター・ストレンジに変身時のハルクなど、このモチーフが繰り返し用いられてきました。

 スパイダーマンだけが早い段階で自分の責任について自覚的であることを求められて心を持ってしまったがために、もっとも苦しい目に遭わされ続けている……。

 大抵の主人公と言うのは初めの冒険であるオリジン・ストーリーの中でイニシエーションを通して自覚に目覚めます。

 今回の二代目も例外では無く、王家に伝わるブラック・パンサーの力を継承するために、文字通りの部族の儀式を経ます。

 一度死の世界に入ってそこですでに死んでいる一族の誰かと出会い、それをメンターとしてよみがえることでそのメンターが持っていた心の在り方を精神のあり様として獲得するという儀式です。

 明らかに、キャンベル教授の神話学研究を参考にしており、闇の力の獲得を意味しています。

 この過程の中で、二代目はキャンベル教授の謂う「カルトの段階」の覚醒をしてしまいます。

 というのも、儀式に出てきたメンターが前作のヴィランであったからです。

 彼自身は悪役なりに一理あり、現実的対策に機能的効果のありそうな人として高く評価されていたキャラクターなのですが、物語の中では前作の段階で否定されて、それを越える倫理をして本物のヒーローだ、という答えが出されている「偽英雄」です。

 その偽英雄に二代目はなってしまうんですね。

 結果、民族主義に走ってしまいます。

 相手が正しかろうが対話の余地があろうが関係ない、こっちが悪かったとしてもそれに抵抗して身内を傷つけたやつはぶっ殺す、という理非を問わないポジション・トーク的信念に染まって、上述の闘争に至ります。

 コシミノ一丁で槍を手に迫ってくる被差別民族のタロカン族を、最新鋭のパワード・スーツや戦闘機での機銃掃射でバッタバッタと空襲します。

 アフリカ人をエイリアン扱いしてると批判された「ブラック・ホーク・ダウン」的でもありますし、王蟲を薙ぎ払う人間達そのもののようにも見えます。

 二代目とナウシカの違いを、闇の力の観点から仕分けるなら、それはやはり、持ちえた闇の深さだと言えましょう。

 ナウシカは、近所の人たちのためには良く知らない人たちはぶっ殺してOKという二代目の身内びいき価値観を持っていません。

 普通、縁があったり暮らしを共にしていたりする人に親近感がある物で、だからこそそういう「身内びいき」をするのが人の心だとされます。

 それが人情であり、孔子様も法律よりも人情の方が大切だとして法治主義を否定し、徳治主義が正しいとしています。

 そしてそれがために、だから縁故主義で集団的ナルシシズムの集団が国としての力を増してゆく。

 弱肉強食の論理だと言えますね。

 それは当たり前の宿世の力学でしょう。

 対してナウシカは、「村のみんなが言ってる」価値観を信じておらず、共同体の中に危険だとされている胞子を持ち込んで自分の隠れ家で育成しているような反社会的な存在です。

 もし仮説が間違っていたり、想定外の事態が起きたら村はパンデミックで崩壊でしょう。

 しかし彼女は、身内びいきの価値観=集団的ナルシシズムという感性の中核になるナルシシズム=自己愛に変調をきたした存在です。

 作中で繰り返し自らを死に投げ込む描写があるように、個の命を尊重していない。

 虫の命も自分の命も他人の命も均等に低いところに並べた価値観の持ち主です。

 自分の命を容易く投げ出すのと同じように、他人の生命も危険にさらします。

 これが、俗世の物ならぬ闇の力という感性そのものです。

 要するにマッド・サイエンティストです。

 人間の感情なんかよりも、真実(科学的事実)が大切だという存在です。

 つまり、社会通念=常識に染まっておらず、世界と直接つながって真実にたどり着いた存在です。

 であるからこそ、共同体の領主と言う立ち位置からすれば格付けすべき各勢力の生命を均等に扱い「争いそのものが良くない」というような答えに至って平和的解決へと一命を傾けることが出来るのでしょう。

 自己防衛という本能が変調をきたしていると言って良い。

 自己防衛を捨てることは、闇の力を獲得するために必要な一歩です。

 二代目ブラック・パンサーは自分の身内のことしか考えていません。

 お兄ちゃんの後を継いで専制君主となり、母親の敵を討つために(しかも先に手を出したのは自分の側)、相手を殲滅しようとします。

 これは、それがアメリカン・正義だとして描かれている訳ではありません。

 共和党支持者ならこの辺りの下りで諸手を上げて大フィーバーでしょうが、それは映画の結論ではありません。

 映画としてはこのクライマックスは、誤った闘争として描かれています。

 物語の最後、両国の首脳はタイマンの後に和解となります。

 そこから続く引き際の流れでは、実は二代目は次のより正統な後継者に自分の座を受け渡すことが暗示されます。

 彼女が不適格な存在であり、この映画では過ちを描いていた、ということがそれによって分かるのですね。

 また一方では、タロカン側のその後も描かれます。

 私はこのタロカン族が大好きで、よく制作会社はこういう敵役を描いたなと驚いているのですが、彼らは非常に文化的で、恐ろしくはあるのですが実に美しい存在として設定されています。

 タイマンで負けて従属条約を結ぶことになったタロカンの王は、自室の壁に敗北した闘争の壁画を描いています。

 かつて家康公は自分が見苦しく敗北した時のことを戒めるために己の醜態を絵師に書かせて飾っていたと言いますが、彼は自らの敗北を自ら描き、それを歴史的事実を伝える「文化」として表現しているのですね。

 アメリカやフランスと肩を並べる先進国として活動している二代目の国に対して、タロカンはあくまで文化を基調とした国であろうとする姿勢を崩していない。

 心を失っていないのです。

 そこに、そんな姿勢をとがめて、復讐をしなくて良いのかと詰め寄ってくる臣下が現れます。

 しかしタロカンの王はあくまで、これがより大きな面で敵味方合わせた世界の情勢においてはよいことなのだ、と諭します。

 明らかに二代目よりも彼の方が大人なんですよ。

 彼の名前は、愛されない者、を意味した言葉で呼ばれています。

 ここに私はやはり、自分の研究室で机につっぷしていたナウシカの姿を思い起こさせられます。

 彼女もまた、自分が正しいことにたどり着いたのに、他の「身内」たちにはその真実に到達することが不可能であることを理解していたのでしょう。

 唯一正しいことに到達するということは、圧倒的な孤独の中にあるということです。

 彼女が虫や村民、敵国の人や隣国のテロリストたちすべてに均等に愛情を傾けて彼らのために思いを馳せて身を投げ出すということは、同時にすべての存在が均等に彼女のことを敵だと認識するということです。

「お前はどっちの味方なんだ。誰の味方なんだ」という悪意と敵意に包囲されて生きて行くということです。

 タロカンの愛されざる王の姿は、まさしくそういう物であるように見えました。 

 これこそまさい、自己愛や集団的ナルシシズムを離れて真実に到達する視点を、神話学において「闇の力」と呼ぶゆえんでしょう。

 それは果てしのない孤独の道です。

 であるからこそ彼らは隠者として、荒れ地にて生きることになる。

 しかしこれを反転して後の隠者の視点からは、社会と言う共同体こそが、倫理と知恵の通底していない「荒れ地」なのだということが語られています。

 いずれ荒れ地だとするのならば、あなたはどちらを選びますか?


Viewing all articles
Browse latest Browse all 3388

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>