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Channel: サウス・マーシャル・アーツ・クラブ(エイシャ身体文化アカデミー)のブログ
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トロイの女神

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 トロイア戦争について色々書いてきましたが、最後に大本の戦争の原因を振り返って見ましょう。

 諍いの女神の干渉、増えすぎた半神を減らす、という理由の他に、ゼウスが娘の女神の威光を示そうとした、という物がありました。

 この、娘の女神とは一体誰でしょうか。

 オリンポスの女神たちには多くのゼウスの女神が居ます。

 それらの中でこれはと特定するとしたら、私はアテナこそがこの戦争で大いに威光を振るった女神であるという気がします。

 大本の原因を作った諍いの女神や、幾度も英雄たちに干渉したヘラ、我が子の姿を戦場に観て干渉したアフロディーテやテティスも十分に戦況に影響しているのですが、やはりアテナが最もその影響を及ぼしたと思うのです。

 というのも、彼女はそもが戦を司る女神であり、トロイア戦争では自分がアカイア勢に付いたのに対して同じく軍神である兄アレスがトロイア側に付いていると、自ら兵士の中に入って行ってアレスと直接対決をしています。

 雌雄を決したトロイの木馬も、アテナに捧げられた物だとされています。

 その一方で、処女神である彼女は極めて潔癖で厳格であるため、トロイア陥落時に自分の神殿で預言者カサンドラが小アイアースに凌辱されると、これを理由にアカイア勢を全滅させるという果断を下しています。

 つまり、彼女はアカイア勢に付いてトロイアを陥落させ、後にそのアカイア軍も滅ぼした。

 どちらかの味方という両域をこえて、どちらにも滅びをもたらしているのです。

 更に言うと、開戦前に和解が成立しそうになるとトロイアの兵士を錯乱させて矢を放たせ、協議をご破産にさせたというほとんど自作自演のようなことまでしています。

 よって、大神ゼウスが世界に神々の威光を知らしめるために自分の娘を旗頭とするなら、やはり皆殺しにしたこの女神がふさわしい。

 また、彼女はゼウスの頭から生まれたとされており、大神が自分の代理として目を掛けるにふさわしくもあります。

 この出自と後援のためか、オリンポスではアテナは好き勝手にふるまっていると言われることさえあったそうで、その恐ろしさはマクロにのみ及ぶのではなく、ミクロにまで至っています。

 例の、アカイアの英雄大アイアースを発狂させたのが、アテナが体内に入ったためであるというのもその好例だと言えるでしょう。

 また、この大アイアースと並ぶ英雄、ディオメデスの強さもアテナが与えた物だという逸話も目にしました。

 これは、自分の代行者としての英雄を求めたアテナが戦地でディオメデスを丸かじりに食べてしまい、そして生みなおした、乳を与えて神の子として後付で再生させたという実に興味深いエピソードです。

 これによってディオメデスは半神の高みへと駆け上がり、トロイア陣に居た軍神アレスを撃退するまでの活躍を見せています。

 この、自らの寵愛した物を食べてまた産むというモチーフは、インドのガンガー女神やカーリーと同じです。

 これは、彼女が地母神としての側面を見出されていたということだと解釈が出来ます。

 そう考えると、彼女はやはり、ゼウスの後継者としての威光を知らしめるためにこの大虐殺の舞台を用意されていたと言えるのではないでしょうか。

 そしてその、女性の大神というモチーフは当時の人々の通念として、子を食べてまた産むという地母神の信仰を重ね合わされることになったものだと思われます。

 重ねて興味深いのは、この同一視を原因に、彼女が厳格な処女神でありながら子を産むという処女懐胎を果たしているということです。

 そしてこの物語の舞台はトロイア、つまりキリスト教の生まれたレパント近隣です。

 これまで書いてきたように、トロイア戦争では(そしてマハーバーラタででも)女性たちは後のキリスト教的貞節とは別の価値観で動いています。

 いいように男性神を誘惑して枕営業で操っている……。

 そもがトロイのヘレンも人妻です。

 このように、キリスト教的男女観が無いにも関わらず、アテナには処女信仰があり、性交を寿ぎではなく冒涜だとみなしています。

 この辺り、やはり後に中東に広まり、そして世界中に現在広まっている女性に処女性を求めるという価値観に繋がっているような気配を感じます。

 その意味で言うと、人類史上における性的価値観のパラダイム・シフトを示した道標としてもトロイア戦争を見ることが可能となってきます。

 文字通り、神話の時代が終わって歴史のフェイズに入るという大きな境目だとも読むことが可能かと感じました。

 神々は人と近く、人は時に神を内に宿し、神も人も共に自由で逞しい生命のままに生きていた時代の終わり、まさに半神たちが地上から去って行った滅びの時代がこの戦争にはあったのではないでしょうか。


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