前回までで、ステロイドによるドーピングの機序と、その結果、持ち前のホルモン分泌能力が退化するということを書きました。
で、そのようなことが起きている人たちが、ユーチューブで筋トレインフルエンサーとして活動をしているのですね。
彼らの内にはコンテスト・ビルダーであり、パーソナル・トレーニングをしているという人も多い。
動画を観て憧れたファンがパーソナルを受けに行き、自分も大きくなって行って大会参加を目指すようになると、そこでステロイドの遣い方を教わるようになる、というのが普通に行われている経緯だそうです。
そりゃあ、みんなステロイドを使ってドーピングをしているのだから後発の新人選手も使わなければ勝てるようにはなりません。そういう競技なので当然です。一人だけバットを持たないで野球をすることは出来ない。
そして、実際にステロイドを安全に服用して自己分泌とのバランスを取りながら生きて行くことは可能だそうです。
多くの人がそうやってステロイド療法を受けています。
ですので、ある筋トレユーチューバーが言うには「ステロイドの使用自体は問題ない。でも、その辺の知識のない半端なパーソナル・トレーナーなんかが売るのは危険だから止せ」とのことです。
やるならちゃんと専門的に学んだお医者さんの監修で行うべきだ、とのことでした。
私もそうした方がいいと思います。
少し前に、海外のSNSで人気だったマッチョのインフルエンサーが突然死しました。
原因はステロイドだそうです。
自分の素敵なライフスタイルを配信する彼らの存在は、海外では日本では想像できないほどに大きな影響力を持っているようです。
そのイメージを商業化するために、女性は美容整形をし、豊胸手術をする。
私も最近何人か目にしたのですが、フィットネスの動画も出す女性ユーチューバーの中では、そういった美容整形を普通に「これから整形に行ってきまーす」「手術二日目、麻酔が切れて来て痛いよー」「一週間後、どう、可愛くなったよね?」というような配信をしているのですね。
男性の場合は、これが筋肉方面に作用するようで、件のインフルエンサ―もイケてる体格を手に入れた結果、突然死となりました。
また国内でも、ステロイド・ユーザーのボディ・ビルダーが大会前日に前乗りをしていたホテルで人事不省になって搬送されたそうです。
幸い一命はとりとめたそうですが、まだ30にならない彼もまた、憧れの筋トレユーチューバーからパーソナルを受けてステロイドを提供されていたとのことです。
もちろんアスリートの活動というのは命懸けなのでしょう。
私も格闘技時代は死んで当たり前の危険行為を日常的に行っていました。
現在も普通に生きられているのはたまたま運が良かっただけです。
実際に、学校教育でも体育の中では柔道の死亡率が飛びぬけて高いと言います。
たまたま死ななかった、たまたまそうではなかった。そういうことなのだとは思います。
しかし、避けられるなら避けても良いのでは、というのはありきではないでしょうか。
別に無理にドーピングで死にかけなくても、普通にドクターについてもらえば安全性は高まることでしょう。
そんなことをお医者さんがしてくれるのかどうかは知りませんが、適当にやっていれば確実に身体機能が低下して健康障害をもたらすことは間違いがありません。
私たちは引退して高齢期を迎えているマッチョマンスターを何人も知っていますが、それらを基準にするのは典型的な生存者バイアスです。
有名無名を問わず、沢山の人が亡くなったり重篤な健康被害を受けたりしています。
私は先日、リボルバー・リリーを観て、銃弾を何発も身体で受け止めながらまったくダメージを受けずに相手を打倒してゆく巨女のヒロインを演じた女優さんの体格が、あまりに貧弱なことに驚きました。
初登場シーンでは花山薫のように巨大であり、背後から心臓部を撃たれても足元がよろめく程度で問題がないというキャラクターであるはずなのに、女優さんがまったく身体をそれに見合った物にしていません。
腕立ても懸垂もろくにできそうにない。
これは日本映画すべてに共通する物だと言っていいかもしれません。
動きの練習をするなどということはしているのですが、本当にそう見えるという体格を作るということはほとんどされません。
それは恐らく、撮影期間が短いという理由もあるのでしょう。
マーヴェル映画なら、どんな女優さんでもムキムキになっています。
これ、私たちはハリウッド的ルッキズムに犯されていますね。
映画で演じるなら、本当にそういう身体であるのが当たり前だと思ってしまう。
しかし実際には、俳優さんたちにはそれこそお医者さんが張り付いて、健康管理をしたうえでステロイドや血液ドーピングが用いられているのでしょう。
ある俳優さんなどは、美貌を保つために定期的に全身の血液を入れ替えているとさえ言われています。
血液はどうだか知りませんが、少なくともドーピングに関しては、我々のルッキズムは明確にインフレーションしています。
もっと大きい身体を、もっと強そうに見える肉体を、というように目が麻痺して言っています。
前に書いたように、ほぼ純粋筋量だけで70キロというのはあり得ないくらいの化け物なのですが、実際にコンテストに出る彼らの身体は「細っ!」と言う印象を与えます。
かっこいいモデル体型だなあ、というような感じで、決して巨大には見えません。
私自身も、90キロもある格闘技体型なのですが、実際にマッチョの人たちの中にいると小さく見えます。自分ではいつも、最近体格が小さくまとまってきたなあ、と感じています。
これは均整がとれたということに関する印象なのでしょう。
化け物のようにいびつに肥大した筋量でないと、もはや私たちは「均整の取れたかっこいい身体」以上には感じられないくらい、刺激に麻痺してしまっています。
結果、男性ビルダーはステロイドを打ち、女性は豊胸をして肋骨の除去手術を受けてコンテストに出る。
最初は「現実にはありえないフィクションの肉体を作る大会」だったはずが、私たちはすでにそういった肉体がこの世界に自然に発生するものであるかのような倒錯に陥っている。
いわば、オーバー・ルッキズムと言うような状態であると言えましょう。
実に現代的な見当識の病であるように思います。
そのような認識は執着を産み、人の心を自由で幸せな物には決してしない。