「グランド・マスター」の解説の続きをいたしましょう。
映画の中では、イップ・マン師の他に二人の実在武術家をモチーフにしたキャラクターが登場します。
一人は八卦掌の宮宝田大師をモデルにした宮宝森です。
この人は、古い武林を代表する人物で、恨々恩々の伝統的な武士の世界に生きています。
彼は、北派武術が南進して南で武術文化が発展したので、今度は南から武術が北上してきて、北派武術に還元されることを望んでいます。
それが武林の大望なんですね。
これには二つの意味があります。
一つは、当時実際に起きていた中華武士会や国術館などのような、存命中のレジェンドたちによる総合的な武術教育の体系化とそのネットワーク化です。
実際、現在世界的に高名な武術はほとんどがそれらの組織に在籍していた大名人たちの後継です。
太極拳も形意拳も八極拳も通備武術も、いわゆるブランド武術はみんなこういった流れから現在に伝わっています。
内家拳外家拳という分類もこのムーヴメントの中で生まれた物です。
それまでは陳家拳や劉家拳のように、特定の武術の家に家伝で伝わっていた物を巷間に公開し、学問として体系化して教育機関を設けることで、全国にチェーン展開したそれら学校から中国中に高度な専門教育を受けた武術家を大量に生産しようというのがこの流れです。
いわば、伝統的な古い武林の一つの形としての近代化パラダイム・シフトです。
これが叶うとどうなるか。
つまり、国中に伝統的な老師と徒弟という疑似家族関係で結ばれた、強力な武術家で作られた軍事組織が行き渡ると言うことですよ。
太平天国や義和団が宗教で行ったことを、そういう物を取っ払って武術という物で行おうとした。
これが出来ると、侵略してくる列強に対してかつてない規模と戦力による連携を取った対策が可能になります。
宮宝森はその組織化と体系化に、中国南方の人々と武術を取り込もうとしていた。
こう考えると、彼の思惑が戦国武将的な大きな展望であったことが分かります。
つづく