あるブティックの試着室には隠し通路があって、試着中の女性がそこから拉致されて人身売買に会っている。
これは90年代くらいに流行った都市伝説の一つです。
これとまったく同じお話はそれより更に前、80年代にシティー・ハンターでヒロインの香が物語に参加してくる回で描かれていました。
これらのお話の元ネタは、大戦中のフランスに見つけることが出切るといいます。
これは「オルレアンの噂話」と言われる物で、噂話の伝播の研究においてしっかりとした調査がされて報告されたという大変貴重な資料となっています。
このお話が最初に世の中に伝えられたのは、当時の大衆雑誌によってだと言われています。
エログロのセンセーショナルな読み物として、性的関心をそそるゴシップとして掲載されたのですね。
当時は、オルレアンにあった舞台となるお店の名前も名指しされていました。
また、そのお店がユダヤ人の経営であったこともあって、人種差別の土壌に広まってゆきました。
もちろん、お話の出どころは三流雑誌の売文業者によるページを埋めるためのでっちあげだったのですが、 最終的には暴徒が集合してお店に焼き討ちをかけんというばかりの状態にまで至ったといいます。
当然根拠がないのだから、この騒ぎによってお店の無実は随分遅ればせながら証明されたことになります。
ですが、だとしたら暴動に至るまでに沢山出てきたという「居なくなった私の友達の友達」などは一体どこから現れてどこに行ってしまったのでしょうか?
この謎に惹かれて当時の研究者がこれを調査したわけですが、研究者はこの「オルレアンの噂話」のことを「神話」と呼称しています。
キャンベル教授の神話学好きとしては大変に興味を惹かれる部分であるために、今回のお題に取り上げました。
神話とは人類の夢である、というのがキャンベル教授の見解です。
夢であるがために深層心理が反映しています。神話学とは心理学の一ジャンルなのです。
すなわち、神話とは世界の解釈の仕方です。
当時のフランス、オルレアンの人々は、自分たちの住む世界をその噂話のようなことが実際に起きている世の中だと解釈していたということですね。
そこに、ユダヤ人差別や白人種の女性にはトロフィーとしての価値があるという認識が如実に反映しています。
そして、そのような精神構造は90年代に至るまで保持されて、かつ極東にまで伝播しました。
もちろん、その過程でユダヤ人差別の要素は消えていったのですが。
しかし、現在、21世紀の日本では人種差別のデマを拡散して政治力にしようとする政党が陰謀論をばらまいています。
もしその陰謀論の中から、オルレアンの噂話と同じ構造の都市伝説が浮上してきて、そしてそこに外国人差別の要素が付加されるときが来るとしたら、その時、この国のレベルはおよそ百年前の民度にまで低下したと言えることでしょう。
この、凡庸な人間の心を抑制しうるものはなんでしょうか?
教養と知性と理性です。
これだけ情報化が進んだ世の中で、その部分が進化していないのだとしたら、本当にこの国の人々はどうしようもないと言えましょう。
もし、貧困化が進んでいて教養も知性も理性も獲得が難しくなっているのだとしたら、一体どうすればよいでしょう?
何が凡人を押し止める歯止めになりえることでしょうか。
それは恐らく、イニシエーションです。
太古の人達は、凡庸な生まれっぱなしの子どもたちが一人前の何者かになるために、通過儀礼を施しました。
それを経て、人は責任と覚悟を持つ一人前の大人になったとされていたのです。
いまの世の中、確かにだらしなく放置されたままの、何者にもなれていない存在が、ただ生まれてから時間が経ったというだけで大人であるということにされています。
もちろん、その程度のことなので誰も本当におとなになったとは思っていません。
ですので、大人の中にもランクというものがあるのだよということにして、底辺と上級などという安易な分類を施したりしています。
そのような社会環境の中で、自分で自分を大人にするためには?
自分で通過儀礼を与えるという選択肢もあり得るのではないかと思う次第です。