Quantcast
Channel: サウス・マーシャル・アーツ・クラブ(エイシャ身体文化アカデミー)のブログ
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3388

さよならウィンズロウ

$
0
0

 ただいま、最後の学生生活の最後の夏に居ます。

 そしてこれは例年、テスト前であり、なおかつ、私の好きな作家、スティーヴン・ハンターとドン・ウィンズロウの新作が出る季節です。

 しかし、今年はハンターの新作はどうも出ていないようですね。どうしたんだろう。少し心配です。

 そして一方のウィンズロウはというと、今年はいつもより少し早くに夏の新刊が出ました。

 これが彼の引退作です。

 20代の頃から、もう30年ほどに渡って、彼は私の人生に大きな影響を与えて来てくれました。

 私自身、彼の作品に出てくるような「半正直」のアウトローだったからです。

 法を守ることが出来なくても、倫理には強く拘束される。

 そういう人間の生き方を描き続けて来てくれました。

 彼自身、元は情報関係者で暴動やテロの鎮圧で人生を送って来た人だそうです。

 そのような環境の中には、沢山の違法と倫理との対立が満ち溢れていることは想像に難くありません。

 彼自身の物であろうその葛藤が、作中主人公の葛藤そのものになり、そして作品の姿勢になってきました。

 主人公は常に最後はギリギリのせめぎあいの中で倫理を譲ってより多くの幸せを選択することになります。

 功利主義です。

 そうして誰かのために魂を削って売り渡した主人公は、いつもいつも、笑ってしまうくらいにいつも同じで、全てを失ってどこかへ去ってゆきます。自分のことを誰も知らない処へ。

 これはウィンズロウ自身の厳しい世界観があるからのことでしょう。

 私が隠者を標榜するようになったのには、彼の影響があることは間違いがないでしょう。

 そして、彼はまたミリタリー関係の訓練の中で触れて来たらしく、アメリカ人視点の功夫や武術という物にも造詣が深い。

「ストリート・キッズ」シリーズの主人公は外界のことと何も関わりたくない学者志望の元不良少年なのですが、学費と引き換えに英国エスタブリッシュメントの私的工作員として人生をいくらか売り渡して暮らしています。

 その研修過程で、イギリスの伝統的教育としてボクシングをしつけられるのですが、これが知性と口先で潜入工作をするタイプでまったく物にはなりません。

 ですが、後に外交問題にかかわって中国に拘束されることになった時に、彼は地方の寺院で何年かを過ごすことになります。

 そこで彼は伏虎拳を学び、禅的な静謐の生活を経ることになります。

 つまり、隠棲と禅、武術という繋がりを知っているのですね。

 また、トレヴィニアンの「シブミ」のトリビュート作品として書いた「サトリ」では大戦後の中国を舞台に諜報戦が行われるのですが、そこでは国民党の暗殺者として李書文先生が登場します。

 ここでも、サトリ、そして少林拳という相関関係が存在しています。なお、主人公は隠者となります。

 そのように、キャリアの最初からずっと隠棲ということについて思いを馳せ続けて来たウィンズロウが、自身の本当の隠棲のおりには、果たして主人公にどのような道を歩ませるのか、それが大変に興味を惹きました。

 なお、今回の主人公は、かつてとは違って本当の犯罪者です。

 大義や諜報活動のために端々で法を犯すのではなく、善良で高潔な心を持っている物の、犯罪組織の家庭に生まれてその中で次々と悪の世界のトラブルに呑み込まれながら罪を犯してゆく男の地獄めぐりの旅が描かれています。

 今回の作品は、非常に心苦しくなるようなマフィア物なのです。

 大きなファミリーの中で、親友や幼馴染、腹心の友たちと敵対し、彼らが愚かしい罪を犯したために粛清をしなければならないという、私にも思い当たるところの大きい苦しいお話です。

 その中でとうとう、最後には主人公は「ビジネス」の喜びに目覚めてしまいます。

 よせばいいのに、自分の「仕事」が巨大化することに喜びを感じ始めて、一世一代の「大仕事」を成功させたいという「夢」を持ってしまうのです。

 後ろ暗い世界の、堅気じゃないビジネスの人間が、人並みに夢など持つというのは明らかに分をはき違えています。

 何しろその実行力は正統な手段で獲得されてはいないのですから。

 初めての、私利私欲に落ちてゆく主人公が描かれる中で、果たしてウィンズロウはどのように物語に片を付けるのだろうかとすごく気になって読み進めたのですが、とうとう、人生最後の作品で本当に恐ろしいことが置きました。

 彼は、なんの断罪も受けずに最後まで寿命を全うして家族に囲まれて幸せに死ぬのです。

 そう。

 これは、かつての主人公たちを追い詰めていた、巨大な悪の組織の既得権益者の側の物語でした。

 主人公たちが抗い続けていて、身を切り売りするように取引をすることで最低限だけしか関わらないようにしてきた「世間」の側を描いた作品だったのです。

 これは確かに、最後にしか書けない、最後の物語だと痛感しました。

 御大ウィンズロウ、お見事でした。

 長い間ありがとうございました。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 3388