この八月、ビーチハウスで読んでいたキャンベル教授の本に書かれていたのですが、トロイア戦争のきっかけになったパリスと黄金のリンゴの故事には、物凄く面白い意味がありました。
元々、これは海の女神であるテティスと英雄ペ―レウスの結婚式に全ての神々が招待されたのだけれど、唯一争いの女神エリスだけは招待されなかったため、彼女は不和のタネである黄金のリンゴに「もっとも美しい女神へ」とメッセージをつけて会場に届けたます。
それが誰のことかということで女神たちの間で争いがおき、最終的には人間に決めさせようということで美青年で知られていたパリスという若者に選ばせることになる、というのがこの故事です。
ここまで聴くとね、ギリシャの神様相変わらず大人気なくて人間にとっては大変な存在だなあ、というダイナミズムを感じるばかりなのですが、これは実は非常に深い意図で計算されていたお話なのです。
この、パリスの所に詰め寄った女神たちと言うのは、神々の母ヘラ、美の女神アプロディーテ―、智慧と戦いの女神アテーナ―です。
この三人の中からもっとも美しい一柱を選ぶというのは、これからの地上の人類において、重要な物の序列を付けろ、というお話だったというのですね。
ヘラは神々の母なので、最大の権威を持っています。つまり、権威、権力を意味しています。
アプロディーテ―は性愛。
そしてアテーナ―は英雄性だと言います。確かに、智慧と武功だから、一人前の人間としての自己の自立ということなので、すなわち神話学的に言う「英雄性」ということになります。
これら選択肢の内、パリスはアプロディーテ―を選びます。
非常に現代人にも理解が出来る選択ですね。
結果、神々の復讐に会ってトロイア戦争が起きることになります。
攻め込むギリシャ側を代表する英雄は、かの高名なアキレウス。彼は問題の起きた結婚式の二人、テティスとぺ―レウスの息子です。
そして滅ぼされたトロイアの王子がパリスです。
パリスはいつもつまらない色恋沙汰を起こして失敗ばかりしているぼんくらバカぼっちゃんで、自分の横恋慕から国を滅ぼすのですが、しかし、死の間際にはアキレウスを射殺しています。
つまり、元の結婚式に関わった人類側両者ともに滅びています。実にギリシャの神様のらしさを感じさせるお話です。
一説によると、この戦自体が、増えすぎた人類を減らすためゼウスによって策略された物だともいいます。
だとすると、パリスはあらかじめ、国を亡ぼすレベルのバカ息子だとしてみなされていたとも言えます。
もう一度彼の前に提示された選択肢を見てみましょう。
世界最大の権威と、世界一の美女と、英雄としての人生です。
権威を選ぶ人間は、俗物でゲス野郎かもしれないですが、同時に世界を良く変えたいと願う政治家でもあり得ます。
英雄性というのももちろん、そういった公共性の高い意思によって選択されます。
しかし、美女は……自分の欲以外の何にも還元しない……。
そういうバカだから、人類は殺し合って滅びたのだ、ということが出来るでしょう。
またこの、女性によって与えられる「権威」「性愛」「英雄性」というのは、男性が選択する女性のある種の典型も表現していると言われていて、順番に「妻」「妖婦」「処女」であると言います。
確かに、権威は妻、奥によって与えられ、保持される気がしますし、性愛を与える女性が妖婦だというのも納得が出来ますし、英雄と処女はセットで表現されがちです。
ここまで読んでいて、女性があくまで男性に付加される存在、獲得物としてしか認知されていないということに違和感を感じた賢明なかたもいらっしゃることかと思います。
そう、神話においては、人権という物が担保されていません。
だから神話と言うのは、「アムール」の前段階の心理状態のメタファだとされるのです。
全ては記号化されており、各人は唯一無為の個人としては扱われていません。
それが神の視点、すなわち神話の視点です。
我々が自分たちより小さな生物を得てして個として認識しないのと同じです。
ですので、その価値観を超越する存在が「英雄」だとされるのです。すなわち、神を殺すものです。
これが出来ない者は、人の魂としての進化を得ることが出来ず、原始的な構造の中で命を費やすことになります。
人類が民主制に目覚めてこれを存続させてゆくためには、神の作りしままの原初の段階から逸脱して、英雄としての個人性に多くの人々が目覚めてゆく必要があります。
トロイア戦争の故事で言うならば、権威主義の世の中を歓迎する名も無き無貌の集団は、愚かしさによって人の世を滅ぼすべく神が送り込んだ存在だということになりましょう。