木製の武器によってノックアウト方式で本気で殴り合う決闘、バハドが隆盛した時代に、多くのエスクリマ流派の技術が決闘で勝つための物に改変され、すでにフィリピンでは伝統の刀剣術はなくなっている、という説があります。
またかたやで、そのような術は地方の剣士の家に、いわゆる「つまらないエスクリマ」として伝わって居ると言う話もあります。
もちろん、現在でも刀や剣で練習はされているのですが、その技術はすでにバハドの物が流入してしまっていて、刃物ではなく棒を前提としたものになってしまっているというのです。
また、軍隊式のフィリピン武術には昔と同じで山刀を使った明確な刃物の技術があるのですが、これは現代になってからアメリカ軍で使うために考案されたもので、兵士が進軍時に使うブッシュ・ナイフの技術であって本来のフィリピン刀術ではないという見方もあるのかもしれません。
それでもそもそものスペイン植民地時代の山刀の技術に由来はしていると思うのですが、私は個人的に、どうしても刃物が好きではないのでこのあたりにはまったくこだわりがありません。
どうもあの触れば切れる鋭利な刃を人間に当てるというのが残酷すぎてゾッとするのです。
おかげで日本剣術を学んだこともあり、指導許可もいただいたのですが、技術自体に関心はあっても刀そのものを好きになることが出来ませんでした。
そのため、フィリピンでマスタルがナイフ(ダガ)を教えてくれたときも正直苦手意識が強くありました。不孝な話です。
でも私はアルニシャーと呼ばれる棒で練習するアルニスの技術が一番好きなのです。
一方、中国武術では私はなぜか周りから刀が褒められてきました。
これは体格の面もあるのでしょう。ペラペラしない厚手の刀を左右の手それぞれに持って振るう姿が様になっているということのようです。つまりはなんだか賊っぽい見てくれなのだと思われます。
じつはこっちは私はそんなに嫌いではないのです。
と、いうのも、中国刀というのはそんなに鋭く刃が当てられていない。
特に、合戦武術で使う兵器は広大で塩分を多く含んだ中華の地を前提にしているためか、マメに研いだり手入れをしたりしなくても使えるように、打撲力を重視された部分があるようなのです。
そのような刀のことを朴刀と言います。この朴という感じは撲という意味が含まれているそうです。
日本の刀のように精密な切れ味を持つものは剣の方に役割が振られているようです。
そのために剣は君子の武器だと言うそうです。
そんな否君子のための刀ですが、特に我々蔡李佛拳で用いる刀の代表が太平刀です。
これは行軍時に杖として突いて歩けるようにと切っ先にあらかじめ刃 がついていないというまさに撲な刀です。
そんな印象の違いもあるので私はわりに中国武術の方の刀は嫌いではなかったのです。
話もどってフィリピン武術の話です。
これまであまり関心がなかったエスクリマに刀剣の術が残ってるのかどうかという議題なのですが、実は今回答えが見つかってしまいました。
これもまた、いままでここに書いてきた様々な研究の成果と同じく、私が気に入った武術をコツコツとやっていてたまたま二つの門派のマスターになれたからです。
一定のところまで深く学ばないとわからない真実シリーズです。
フィリピン武術に、バストンとは違う刀剣の技術は残っています。
断言します。
なぜなら、私が居るからです。ラプンティ・アルニスとそのルーツである蔡李佛拳のマスターです。
ラプンティ・アルニスではほかの多くのエスクリマと違い、左右に刀剣を持って戦う技術があります。
多くのエスクリマでは両手での練習はあくまで練習であって戦うときに行う物ではないと言います。
しかし、ラプンティ・アルニスではまともに両手に刀剣を用います。
フィリピン武術での刀剣術はすでに形骸化していて中身は棒のものだという説に対しては、この部分ははっきりと否定できます。
なぜなら、ラプンティ・アルニスの両手刀剣技術は、カンフーの双刀術だからです。
であるからこそ、ラプンティ・アルニスでは倭刀などを用いるのです。
刃物と刃物を打ち合わせるのは棒の技術であって刀剣の技術ではない、というのはあくまで西洋側からだけ見た意見です。
前述したようにそもそも中国刀術では刃なんてあてにしていません。
刀で刀を受け止めるなんてのは常套手段です。
刃の部分で相手の兵器をこそぎ落してゆくなんてのはなんでもない。
砂の中に刃を突っ込んで相手に目つぶしをぶっかけていやがらせしたり、地面を擦って摩擦熱で熱くしておいてディスアーミングを避けたりなんてのは平気で行います。
私にはそれが断言できるのです。なぜならそういう体系を学んできましたので。
日本に居る誰よりも、流儀武術としての中国武術を学んでいるエスクリマ・マスターであるはずです。
ほかのエスクリマのことは知りません。
でも、この度のジョニー・チューテンに関する事実の判明によって、ラプンティ・アルニスには確実に中国から渡った刀剣術が伝わって居ると思われます。
師父やその先師方、マスタルやグランド・マスタルがた、そしていま私と共に熱心にこの国における武術の真実の追求のために頑張ってくれている、練習に来てくれている皆さんのおかげです。
こういった事実の解明の最前線にいることこそ、私たち伝統継承者の最大の喜びの一つであると感じながら日々研鑽を積んでいます。
そうやって生きることは、大変な幸せであるといつも感じて暮らしています。
武術をすることで幸せになる。これが私たちの活動において非常に重要な部分です。