中国武術の世界ではよく、内家拳と外家拳の分類が言われます。
しかしこれは一般に北での通説らしく、南拳にはこの分類はないのだと聞いたことがあります。そのため私は、外家拳というものがどういう物なのかをまったく知りません。
我が蔡李佛拳では、南北合一、剛柔合一、長短自在が謡われているため(洪拳と北派少林の融合なので)、よけいにいわゆる外家という概念を取り出して学んだことがありません。
聞いたところによると、内家三拳といわれるグループのほかはみんな外家拳だなんて話もあるようです。
その内家グループの人たちが私の動きを見てあれは内家だとかどうなってるんだなんて話をしたりしていましたが、私には知ったことでもありません。私のしているのは伝統の鐵腺功で、他の人たちのはそうではない。それだけです。
しかし、同じ南の拳に、内家拳という拳法がそう言えばあったなと言う話を思い出しました。
もともと、その拳の高名にあやかって、内家三拳では内家を名乗りだしたというのを、有名なK先生の本で読んだことがあります。
K先生の研究によると、その内家拳というのは短橋短馬の、福建系の南派拳法であったそうです。
世に広めた人の名前は王征南。おなじみ明末清初の人で、その師は仙人の張三豊であったと語られていますが、それはもちろん仮託でしょう。
太極拳もまた張三豊開祖説を仮託したりするようですが、この張三豊、仙と言いつつ少林寺の出自だと言われています。この辺りが中国において、仏道、道教、儒教の三道が分かちがたいと言われるところに思います。
張仙人は少林で拳を極め、その主豪の特性に改めるところを感じ、そこから内家拳法を編み出したというのが伝説の概要です。
これはちょっと面白いところです。
と、言うのも、同じ短橋短馬でカウンターを主体とするというのは福建拳法の定番で、詠春拳や白鶴拳と共通点が多いからです。そして、三者とも少林で学んだ拳を改定していまの形にしたと言われています。
ここに、何か共通の拳法の存在が垣間見えるようにも感じます。福建鶴拳グループの祖は実はこの内家拳だったのかもしれません。
こんなことを書くと、お前はそれでも広東南派拳法の伝人かと先輩方に怒られてしまうかもしれませんが、ポジション・トークは嫌いなので書いてしまいますと、もしかしたら洪拳から詠春拳が派生したというこれまでの説は本当は逆で、詠春ないしその母体の福建内家拳から洪拳が影響を受けたのかもしれない。
私は良くも悪くも外国人で、中国でのルーツ争いというようなことにはかかわっていないので、どちらが先でもまったく差支えありません。
しかし、これを通して見方が広がった結果、実は南派の代表である洪拳、詠春拳、白鶴拳、蔡李佛拳が、実は内家拳とつながっており、そのために柔らかい内勁をもっぱらとしているのだとしたら、これはなんとなく納得の行く話の気がします。