さて、東南アジア武術の歴史をたどることで、改めてインド武術の影響力の大きさが見えてきました。
とはいえ、実際には現存している古伝のインド武術を直接知る経験は私にはありません。あくまで少林拳と回族武術を通して知るのみです。
ただ今回の研究で、両者が本質的に同じところに由来していることが分かり、非常に体系全体の見通しが良くなった感は強くあります。
その上で改めて技術的な部分を見返してみましょう。
中国武術には、その門派の武術の本質を漢字で表した字訣という物があります。我々の蔡李佛で言うと、十文字からなる十字訣があります。
心意拳ではこれが五文字で表現されています。
採、撲、捲、縮(束)、決(絶)というのがそれです。
採というのは歩法のことを指していますが、なぜこれを採というのかと言うと、入り身をして相手との関係をどう採るかを現しているからのようです。
これを脚採中門、脚は中門を採る、と言って前足は相手の中に踏み込むということを教えています。
すべての歩法に暗腿が含まれると言いますが、最も多く使われる目に見える蹴り、撩陰脚(股間蹴り)には、そのまま相手の足の間に踏み込むという意が逆に隠されています。
この位置は暗い勁が最も発揮しやすい場所です。
撲とは獲物を捕るという意味で、虎撲、熊撲などの言葉に含まれています。これは体ごと相手に攻撃を加えるという意味だそうです。つまり、手足を遠心的に振り回したりするのではなく、手と体の同時進行のことでしょう。
捲とは巻きこむという意味で、円を描く防御として使われています。蔡李佛の字訣ではこれを盤字訣と言います。
縮、ないし束というのは身体をバラバラにするのではなく、一つにまとめるということです。整勁ということでしょう。
決、あるいは絶というのは、一度動き出したら止まらないという意味だそうです。これは単に連続攻撃のことではなく、点、線、面、体という、立体的な連環を意味しているのだと思われます。
これらによって、心意の勁とはどのような用いられ方をするものなのかということが見えてきます。