モンゴシを二時間やったら、アルニスを一時間練習しています。
とはいえ、すでにマスタル・ロドンハから習ったところとはかぶらないように配慮してくれているらしくて、極めて特殊な複雑な技術ばかりが展開しています。
アドバンスのディスアーミングを習った後で、今度は相手がディスアーミングをしようとしてきたところを逆に返したり、あるいはロッキングで固めたりするような、日本古武術の組型のようなことをしています。
そんなのをいくつも習ったり、あるいは別伝のような剣術を習ったり、ラルゴ・マノという遠距離の戦法を習ったり。
私は基本刃物が好きではないので剣術にはそれほど関心が無かったのですが、グランド・マスタルからこういった古い技術が教われると胸が高鳴るものがありました。
刃物が好きなのではなくて、歴史的な物やルーツを学べることが好きであるのと、そういった立体的に技術群を学べることが好きなのです。
グランド・マスタルもそうであるようで、元々はラプンティを学んでいてそれが中核なのですが、同じアバニコ・アルニスであるというライトニング・サイエンフィック・アルニスをベルト・ラバニエゴ先生から習っていたらしかったり、カリス・イラストリシモの刀剣術やモダン・アルニスの組技を学んだり、シンコ・ティロン(五つのキャノン)という派も学んでいたりと、それぞれのカテゴリーの参考になる流派を幾つも学んで参考にしているのだと言うことでした。
どうやら私は一通りのことをなぞったらしく、そういった別伝部分をざっと詰めている処であるそうです。
グランド・マスタルが言うには、今回の内容はグランド・マスタルになるための物らしく、すべてを使いこなせるように練習して次にマニラに帰ってきたら、地元の様々な流派のグランド・マスタルを招いて昇進式を開きたいと言われていました。
ただ、その体得を認められるようになるのに何年かかるかはわからないけど、必ずそうなるように約束すると繰り返し言って下さいました。
いや、確かにこれ全部ちゃんと出来るようになったら相当すごいとは思いますよ。
私、頑張らんとなあ。
ちょっと、アルニス班、もうちょっと力を入れてメンバーの剣士たちを増やした方がそのためにもいいかもしれないなあ。
と、言うのもね、別に自分の格付けとか肩書とかを挙げることには執着はないんだけれども、グランド・マスタルになると段位を発行できるようになるのね。
つまり、自分の開いているグループが独立して組織化できる。
あのね、グランド・マスタルが開いたジムと言うのがアメリカのバスケットボール会場みたいなところに、明らかに合法性の低い物を販売しているキオスク風のジャンク屋(それぞれすべてが金網で防護されている)がひしめいているって言うちょっとした九龍城にあるのだけど、それがまたその外周の壁の向こうにやはり金網で仕切られた打ちっぱなしの場所で、二軒隣は同じ間取りのモスクになっていて、定期的にコーランがスピーカーで読み上げられるっていうカオス以外の何物でもないのだけれど、そこがね、今日行ったらシャッターが下りてましてね。
建物に入れないなあと思いながら外を回っていたら出入りできるところが一つだけあって、入ったら電気が消えている中に何人かがうろついていて。
その中で、例のモスクのムスリムの皆さんとは顔見知りだったので「ハポネス、今日も練習にきたのか?」って感じで話しかけられて「何が起きてるの?」と訊くと中に清掃の最中だとのこと。
例のジャンク屋ゾーンは金網で閉鎖されていて、中にはスプレーを背負った人たちがうごめいている。
おいおい、ゾンビのウィルスか食中毒とか出たんじゃないだろうな、と思って怯えたけど、スプレー隊が完全防護服ではない。ということは感染するものじゃないな。
ムスリムのおじさんが「ゴキブリだ」という。
なるほど、確かによくうろついてるからな、と思ったら、金網の向こうで殺虫剤を撒きまくっているので、向こうからこっちに大量のゴキブリの波が次々に押し寄せてきた。
以前にこちらに来ていた時に泊まっていたコンドミニアムもゴキブリだらけのアヘン窟みたいなところだったけど、人生でこんなに大量のゴキブリをみたことはなかった。
床を埋め尽くすゴキブリの群れ。
それがみんなの足の上を登ってくる
話していたムスリムのおじさんは耳の下まで登られてた。マジで。
もうそんな昆虫パニック映画みたいの初めて見た。
そうしているうちにグランド・マスタルがやってきて何事もなかったように金網の向こうのジムに向かって行った。
ついていけば、そこにも床一面のゴキブリ。
それをかき分けてモンゴシを練習していたのだけれど、けっきょくアルニスをするころにはその中にディスアーミングされたバストンが転がってって、それを拾って使うということを繰り返すことになった。
一時間何千ペソみたいなジムで、アメリカから輸入された「カリ」が入ってきている昨今、土着の伝統エスクリマがこういう環境の中でやられてるのが現実でね。
これは、ちゃんと有志の人間が保存しようといていかないと、誰もやらなくなってもおかしくないわって思ったんだよ。
世の中には指導資格があるんだかないんだかわからないような人間が勝手に創作したりいまいち腕が足りないような物を教えて先生面してたりするようなことが多いみたいだけど、私はそういうのは筋が通らないと思うし本物じゃないと思うし、そういうのは好きじゃないから、ちゃんとした物を正式に人に伝えて公式に後継者を任命できるようになるんなら、それはいいことかもしれないなあと思ったのですよ。
という訳で後継者志望の人たち改めて募集です。
ゴキブリまみれになったり現地まで通わなくても本物が全部体得できます。
一人前の剣士になりたい方の参上熱望中です。