東部戦線では、槍騎兵のレッド・バロンはほとんど活躍することが出来ませんでした。
それどころではありません。
以前にもここで書いたように、時代は「ワンダー・ウーマン」や「さよならクリストファー・ロビン」で描かれた、急速に飛行機や機関銃が現れて、何がなんだか分からないうちに大量破壊が行われる物に入っています。
もう、騎士同士が向かい合って突撃や一騎打ちをし、角笛がなったら敵味方共に卓を囲んでプロージット! と言うような時代ではなくなっているのです。
誇らしげに旗を翻して敵陣に一番掛けを目指す騎士たちは「ラスト・サムライ」そのままに機関銃の一斉射撃でバタバタなぎ倒されるようになっていました。
結果、レッド・バロンは部隊間の伝令係としてメッセンジャーとなります。私の昼間の仕事と同じです。
しかも、足手まといだという理由で前線に近づくことは禁止され、後方支援部署という扱いになっていました。
かつての花形から、後方で手紙や食料の郵送を管轄しているおじさんへと扱いが激変です。
この時代までは、戦争に参加できることはある種の権利だったと言います。
そもそものルールと概念が今日的な戦争とは違うのですね。
この時にやってきている歩兵たちの多くは、権利によって参戦している、産業革命で職を失った転職者たちです。
その彼等に「血筋だかなんだか知らねえけど使えねえから後ろ下がってろお馬さんよ!」と後方に追いやられるというのは、騎士の家に育った身として大変なショックであったことでしょう。
ここが歴史の激変です。
それまでの誇り高き争闘が、職業的な虐殺に変遷していった。
その環境でただの配達夫として過ごすことは、生まれながらの騎士であり、騎士としての訓練だけの半生を送っていた彼にとっては我慢できるものではなく、レッド・バロンは当時最後の騎士と言われていた飛行士への道を目指しました。
当時の飛行機というのは、騎兵の延長で考えられていたので偵察が主な任務でした。
まだ、空を飛ぶ道具であるということがギリギリの時代だったので、飛行機には他の機能はついていません。
しかし、この古い時代の生き残りである騎士たちは空中で遭遇してしまった場合、そのままただ報告しようとは考えませんでした。
携帯していた拳銃で敵機に発砲したり、時には手近な工具を投げつけてぶつけようとしたりしていたのです。
飛んでいる飛行機から同じく飛んでいる飛行機にそんなことをしても、とても当たるとは思えない。
流鏑馬という騎射がありますが、走っている馬から止まっている的を射るだけでも難しいことです。
それが、お互いに動きあっているとなるとその難易度はただごとではない。
しかも、流鏑馬とは違ってこれは水平だけではなく立体移動です。
そうとうな空間認識能力が無ければ出来ることではありません。
しかし、そこはキャリステニクスで鍛えられた、立体への空間移動を前提とした身体を鍛えてきた騎士たちです。
信じられないことに時に命中するのです。
そこで次第に、飛行機に銃が付けられるようになってきました。
当然レッド・バロンはこの離れ業に夢中になります。
とはいえ、さすがにあまりにも難しい行為で、初めての撃墜時には百発以上の弾丸を使ったと言います。
すっかりこの空中戦という新しい世界に魅せられたレッド・バロンは先行してすでに四機もの敵飛行機を撃墜していたパイロットに極意を教わります。
それは「とにかく接近して打つ」ということでした。
これをかなえるため、相棒を伴わず、単独飛行で空中戦を行う専門のパイロットへの道を進み始めます。
二人乗りから一人乗りに変わると、当然一人分の重心が変わります。
初めての単独飛行をしたバロンは、このため空中でバランスを崩して墜落をしたと言います。
しかし、これもまたこの時代のパイロットの不思議です。
墜落しても撃墜されても、なぜだか彼らは「あたたた」みたいな感じで無事生きているのです。
その経験によってバロンもまた、空の飛び方が分かったのだと記録されています。
人間というものの身体能力の可能性を感じさせるエピソードです。
つづく