前の推薦図書では、夢枕獏先生著「宿神」を扱いました。
平家物語と西行法師のお話を、東洋哲学的視点から見事に描き上げたすごい作品でした。
それに続いて、もう一冊ご紹介を致したいと思います。
今回も、前回に続いて夢枕獏先生の作品で、今度は源氏物語です。
タイトルは「翁 ――OKINA――」です。
これは何度か古書店で手にしていたのですが、何分あつかっているのが源氏物語であり、なぜか横文字でのOKINAというところにちょっと反発されてしまっていました。
しかし、先の平安物「宿神」で信頼がばっちり再確立されたので読んでみたところ、こちらも大変に面白い作品でした。
こちらの方は比較的厚くない一冊本で、源氏物語のうち、子供の頃の私が唯一興味を持った生霊のエピソードを扱っています。
生霊事件を解決するのは、主人公の光の君こと光源氏その人です。
この物語では、光の君の生来良い香りをまとってお生まれになったと言う要素が、生来霊的な物への感性が強いと言う、宿神の西行さんに共通する設定となっています。
夢枕平安絵巻と言えばバディ物ですが、光源氏の相棒とくればさてどなた? 私の好きな頭中将だったら面白いなと思っていたら、なんとあの芦屋道満。
陰陽師でおなじみ道満法師です。
陰陽師では、強い力を持った清明と感性を持った博雅がバディでした。宿神では武力の清盛と感性の西行法師。
今回は、力担当が道満法師で感性担当は光源氏です。
彼らが生霊の正体を探る調査をしてゆく、というのが今回のお話で、これは資料探索ジャンルのとても面白い敬意となっています。
実はまぁ、最後まで読むとそれはまぁ、あれなのですが、今回の作品はこの過程の所がヒキとなっているというのは間違いありません。
その知の道程を通して浮かび上がってくるのは、唐の時代に世界最大のコスモポリスであった唐の姿です。
これは、私の研究にとっても地続きのところです。
というか、東アジアの歴史を掘ってゆくと必ず触れる部分かもしれません。
吉村作治教授が昔テレビで言っていたのですが、日本の狛犬、あれは元々エジプトのスフィンクスだったと言うのです。
ピラミッドのような本殿に向かう参道の両脇を、対になった二体の動物が守護するというのは、形を変えながらヨーロッパに伝わり、中東を経てシルクロードを越えて中国に伝わって唐獅子になったのだと言います。
それが日本に伝わったときに、日本には獅子が居ないので犬として伝わったのだそうです。
同じモチーフは平岩弓枝先生の「平安妖異伝」でも使われていました。
唐の文化をそのまま規範としていた平安という時代には、そのような形で世界の文化が流入していたのです。
その中に、儒者の威光をそのまま盲信していたのような藤原頼長のような人間もいれば、仏教という天竺の思想に救済を見出そうとしていた空海のような人も現れました。
この、日本が世界とまだ直結していた時代の面白さが平安にはあるのかもしれません。
一般に、ユーラシア大陸の文化はチンギス・ハーンが始めた侵略によって混交された要素が大きいと言われます。
しかし、ここが日本が特異点となったところで、彼らが元寇でせめて来た時に追い返せたために大陸文化の影響が止まりました。
その後、倭寇が始まって逆に攻め込むことになり、むしろ日本の物が世界に出て行くことが増えました。
もちろん、倭寇らの海上取引によって日本にもたらされる物もありました。
その最たるものは鉄砲なのですが、これも日本では独自に活用、それを国内にばかり向けることになりました。
そういった戦国時代が終わればそのまま鎖国への流れとなります。
武士の時代と言うのはどうも内側ばかりを向いて喧嘩に専念してしまう物かもしれない。
一所懸命ということなのでしょう。
王朝時代の権威というのが、外国とのつながりによって飾られていたというのはあるのかもしれません。
国の代表であるというのは、別の国によって承認されることで相対的になりたつ物なのかもしれない。