いま、手元に「バブルと狂気」という電子書籍があります。
この本は、中世ヨーロッパから近代における世間での流行(バブル)に熱狂した人々の狂気とそれが及ぼした社会現象を取り上げた物です。
中には、チューリップ・バブルで経済を破たんさせてしまったと言うようなお話が沢山書かれています。
他にも、決闘や毒殺と言ったような新聞ネタがこれまでにどれだけ世の中で「流行」したかということが挙げられています。
これらの事象の中に「磁気療法」という物が含まれています。
磁気療法と聴いて想像するのは、現在でもよく目にする通電療法やネックレスで血行を良くする方法のように思うのですが、中世で行われていたこれはまったく違います。
磁石にはあらゆるものを引き寄せる、というシャーマニズムがあり、曰くには剣などをこすって磁気を生じさせ、それを病人に近づけることで病気を剣に吸い寄せるのだというのです。
その後、その剣を保管してそこに薬品を塗布したり包帯をすると言う物で、剣を人形に変えればそのまま形代式の典型的なフェティッシュ呪術であることが明白です。
明らかに呪術の類なので、儀式の類に科学的な根拠はまったくないのですが、これが流行したあまりついにはこれらの道具や磁気を全く用いない磁気療法家も現れてきました。
その中で公明だったのが、アイルランドのバレンタイン・クレートラクスと言う人だと言います。
彼は何の呪術的様式も持たず疑似科学的な理論も展開しませんでした。
元々はうつ病を患っていた少年だったと言いますがある時に啓示を受け、神が自分に病を治す力を与えたと確信します。
家族は初め彼をバカだと言って非難するのですが、グレートラクス氏は近所の病人に自己流の治療を試し始めます。
それは、患者に触れて、神に祈ると言う手法で行われました。
この方法と「他の治療法にも助けられて」やがて患者はほぼ完治したのだとこの本にはあります。
この後、神からマラリアを治す能力も追加で授けられたと「核心」した彼は、多くの人々に祈祷による治療を試み、それが徳効を示したのだといいます。
やがて彼の元には患者が詰めかけるようになり、アイルランド全土はおろかイングランドからも人が訪ねてくるようになったと言います。
彼は予言者と言われるようになり、奇跡を起こす者として知られるようになりました。
彼のやり方は、一度患者にヒステリー発作を起こさせたのちに正気に返らせるという物でした。
そうすると、既往症が改善していると患者は感じるというのです。
やがて彼はすべての病気は悪魔や悪霊が患者に取りついているからだと言うようになりました。
リウマチや精神疾患、果ては夫婦喧嘩までを悪魔の仕業だとして治療したそうです。
これに関して、著者は「健康願望を抱くことで病人はしばらく病気のことを忘れてしまうのである」と一刀両断にしています。
昔、ツービートが頭痛の治療法として目に針を刺せば痛みで頭痛は消えるというギャグをやっていましたがそれと同じです。
病気を抱えている人を精神的に追い詰めてヒステリー状態にしてから戻すことで、しばし精神的ショックから元の病を忘れているというだけのことだったようです。
このような療法に対して教会側では「煙にまかれてしまった民衆はろくに考えもせずに信じ込み、教養のある者たちも、あえてその知識ではねつけるようなことはしなかった。世論もすっかり丸め込まれてしまい臆病になっていたのか、この傲慢で、しかもどう見ても確かな根拠のある過ちにも敬意を表していた。この妄想の実態を見抜いていた人々も、偏見に満ちあふれ感嘆するばかりの大衆に向かって、こんなものは信じられないと大声で言ったところで無駄だと思っていたので、そういう見解を自分たちの中にしまいこんでおくしかなかったようだ」と書き残しています。
面白いのは、この手の両方は当時西洋社会で散見されていたようなのですが、その理論の中に東洋医学的な視点がうかがえるところです。
上の例では病は悪魔のせいだとされていましたが、これはキリストの軌跡を模倣した物であると同時に、東洋医学における邪の概念と共通します。
現代ではウイルスやばい菌などと称される物を、東洋医学の先人は「邪」と呼んでいました。
上記の祈祷による治療と違うところは、それらを分類、分析して、血行の誘導や食餌、投薬などで対策していたところです。
1679年にフランクフルトで出版された書物では、西洋祈祷療法について「生命ある者から物質性を取り除き、肉体の精神性を高め、眠っている精神を覚醒させればよい。思考を束ねない限りこういうことは起こせない」と書いてあるそうです。
これはつまり、瞑想や気功のことではありますまいか。
ここに、東西の上記の療法の大きな違いがあります。
東洋の方法では瞑想や哲学によって自己を高めた人間が、物理的な対処法によって施術を行っていたのに対して、西洋の物は瞑想によって催眠術を得た人間による手管となっています。
この後者の仕組み、少し前に問題発言で話題になった手品師の人の元祖です。
サイババの奇跡など、各地にある聖者の治療伝説も同様だとされています。
興奮させ、一時的に狂気を引き上げることで神経や伝達物質に著しい迷妄を引き起こす効果が出る。
その結果、患者は暫時病状を忘れるのだと言います。
リウマチなどで歩くことが出来ない患者も、このような聖者に遭遇すると逆の心身症を顕していわば一種の「火事場のバカ力」が働いて歩けるようになるのだと言います。
バブルの頃には、ジャパユキさんと呼ばれる外国人女性セックスワーカーが日本には沢山いました。
彼女らはコンドームなしでの性交と過酷な生活によって、肝炎を発症することがとても多かったのだと言います。
彼女たちの間で知られていた対応は、ある有名な滋養強壮役でした。
それを飲めば肝炎が治ると信じられていたのです。
もちろん、滋養強壮役にそんな効果はありません。
しかし、ちゃんと数値が下がって、だるくて動かなかった体がまた働きに出られるのだと言うのです。
現代で言うなら、偽薬効果の一種でしょう。
また、自己催眠による一種の気功とも言えるかもしれません。
サイババの奇跡で歩けるようになった人たちは、法悦の覚めた後で病状が悪化してそのままだと言います。当然ですが。
ジャパユキさんたちも最終的には亡くなったり、またより強烈な感染症であるHIVに感染してそちらで死亡することが当時話題になりました。
HIV=セックス・ワークによる感染という偏見がバブル期には広まっていたものです。
90年代以降、経済的困難に改善の道を見いだせない日本では、スピリチュアルが異常に広まりました。
これらはすべて、上記の妄想の焼き直しに他なりません。
いずれは肝炎かHIVかで身を滅ぼします。
正しい医療的対策を取るべきです。
しかし、長びく不況で迷妄に浸ることを覚えたスピリチュアルな日本人は、このパンデミック下でも同じように自分の情緒だけを重視して遊び歩いて感染を広げています。
今回の感染症によるパラダイム・シフトは各人の真実の姿を明らかに照らし出しているように思われて仕方がありません。
あまりに多くの人間が狂気に憑かれてさまよい、踊らされている。
ゾンビ映画のようなその景色の中で、わずかな人々が世の中を良い方向に向けようと学び、努力して歩んでいる。