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Channel: サウス・マーシャル・アーツ・クラブ(エイシャ身体文化アカデミー)のブログ
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ルパンの話

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 コナンやターザンなど、百年前のヒーローを去年からよく読んでいますが、手に入りやすい限りのターザン・シリーズ20冊ばかりを読み終えたので、いまはルパンに入りました。

 このルパンも、小学校一年生の時にポプラ文庫でとても楽しみに読んでいたシリーズです。

 ただ、これもターザンと同じく、子供向けに大層意訳されていたらしく、原作はだいぶ印象は違うと聞いていました。

 その辺りも含めて一体百年前のフランスでどのような物が描かれて価値観が提示されていたのかと楽しみに読み始めました。

 手始めに、あの代表的なタイトルである「813」から読みました。

 子供向けだと「813の謎」と言うタイトルだったのですが、これ、元はそのタイトルではないのですね。

 というのも、813の謎は作中で解かれない……。

 813というお話は姿なき強敵とルパンが対決をするという物なのですが、最後はルパンが敗北して投獄されて終わるのですね。

 ルパンも敵も犯罪者なのですが、その知恵比べの作戦として「警察に言いつける」という手でルパンは負けてしまうのです。

 その後のお話は「続813」で完結します。

 というか、そっちが本編なのでは。

 上に、ルパンは犯罪者と対決をしていると書きましたが、これ、まさに私たちに身近なルパン三世の基本構造ですよね。

 ちゃんと原作ルパンの要素が土台になっている。

 犯罪者同士が犯罪勝負をして、そこに警察がなだれ込んでくるので逃げながら犯罪を遂行してゆく、というラインはおかげで我々日本人にはだいぶん分かりやすい構図と見えます。

 しかし、ここでもうひとひねりがあるのが、ルパンは同時にエスピオナージュ物でもあるということです。

 813ではルパンがフランス滞在中のさる貴族から物を盗もうと言う処からお話が始まるのですが、これが実に時代性の強い話となっています。

 外国の貴族が持っていた秘宝と言うのが、ドイツ皇帝家の秘密に繋がっていて、そこから皇帝家の跡継ぎ問題に話が発展してゆきます。

 ライバルとなる犯罪者は、この継承問題に自分が入り込んでゆこう、という政治的陰謀を企てているのですね。

 対してルパンと言うのも、ただ物だけを盗ろうとはしていません。

 その相続争いに乱入して行って、自分が継承者をでっち上げて、当時ドイツに取られていた旧フランス領のアルザス州とローレーヌ州を奪還し、フランスに返還させようとしています。

 彼は愛国者なんですね。

 物語の最後でも、外人部隊に潜入してモロッコとの戦線に参加しようとするところで幕が下ります。

 作中ではルパンは「怪盗」ならぬ「紳士強盗」と称しているのですが、その実態というのは大盗禅師のような国盗りを画策する愛国主義者なのです。

 手下を多く抱えてそのために私設の情報部のような活動をするのですが、これ、ほとんど軍閥とか侠家、右翼組織みたいな活動ですよね。

 自由闊達無国籍な三世とはだいぶ違います。

 この辺り、やはり前のパラダイム・シフトの時のヨーロッパでの世界観のような物が非常に面白く感じられます。

 敵の手段が警察に言いつけるというガックシな策であるのに対して、ルパンは裏から警察に手を回して操ったりします。

 おかげで逮捕されても警察署長や裁判官の家族を人質に取ったりして出てきてしまうのですね。

 ダーティ! いまの感覚で言うと何が紳士だよという生々しい腐敗の構造!

 はっきり言うならマフィアなんですよね。

 シルクハットに片眼鏡というカリカチュアされた風体のせいでごまかされてしまいますが、やってることは現代から見ると極めてリアルな不正行為の積み重ねです。

 愛国心を持った犯罪組織のボスがこのような形で活動をすることが、当時の世界情勢では民情に叶っていたのであろうかと思われます。

 彼を読んでいて私が彷彿したのは、浅田次郎の「天切り松闇語り」に出てくる盗賊一家の頭目、細目の安です。

 おそらくは浅田先生はモチーフにしたのではないかな。

 天切り松は明治から昭和、平成への時代の移り変わりの中で歴史の裏で暗躍してきた盗賊一家の姿が語られるのですが、彼らの扱った事件の中にも、満州皇族を語って詐欺を働くという物がありました。

 このような王族詐欺と言う物は現代日本の我々にはピンときませんが、いまでも国によっては身近なことなのでしょうね。

 天切り松ではタイトルにもなっている天切りや闇語り、という身体操法が登場します。

 これらのルーツは中国の夜行術でしょうね。

 声には出さないのですが的とした相手の耳元でだけ空気が震動して言葉が聴こえるという闇語りは、いまでもテキヤ組織の中に使う者が居ます。

 こういった、武術などの類の術という物が昔の泥棒稼業には芸として伝わっていたのですね。

 作中、次郎長一家の生き残りの大政だったか小政だったかのどちらかが奥山の居合抜きとして糊口をしのいでいるというエピソードもありました。

 身体に一芸を付けた古伝の術者が、近代化の中でいかに生きてきたのか、という物語でもあります。

 ターザンの記事ではレスリングやジュードー、フェンシングなど当時の西洋の身体操法について書きました。

 ホームズではジュウジュツ、バリツが有名ですね。

 ルパンはポプラ文庫ではジュードーが出来ると書いてあったのですが、実は彼の父親がそもそもボクシングとフランス式ボクシングの講師であったとされているそうです。

 この場合、ボクシングと言うのはイギリス式、つまり現在の国際式ボクシングのルーツの物ですね。

 フランス式ボクシングというのはサファーデと呼ばれる蹴り技を伴ったキック・ボクシングのことです。

 父親から仕込まれたこれらに加えて彼はラ・キャンと言うフランス杖術、ステッキ術を心得ており、紳士強盗ルパンは策謀や脅迫と言った特技の他に武力を行使します。

 作戦の半分くらいはそれに裏付けられた暴力で進捗されます。

 何が作戦だよ、というようなドストレートの暴力で相手を殴り倒して得意になったりした居ます。

 いやそれ単に暴力だから、という突っ込みなど差しはさむ隙は見せません。

 とはいえ三世の方も殴って猿股一枚にして縛り上げたりしますので、これは家伝の妙技なのでしょう。

 ちゃんと初代も無辜の民を殴って縛り上げて服を奪って成り代わったりします。

 その時にボクシングやサファーデが使われていたのですね。

 ライバルであるシャーロック・ホームズ、作中の表記だとエルロック・ショルメが知能を最大の武器にしているのに対して、ルパンは相当な肉体派です。

 調査を旨とする探偵と強盗という職業の違いからくるものかもしれません。

 時速100キロでパリの街を飛ばす、カー・チェイスのような描写もあります。

 このヒーローが敵を倒す活劇シーンの中で、武装した相手を素手で華麗に撃退し、加えてその技が「火消しの一撃」と言う名前で本気でやったら命も奪っていたが手加減しておいた、などと見栄を切るのは恐らく当時ものすごく格好の良いことだったでしょう。

 その意味では先日亡くなったジャン・ポール・ベルモンドに通じるような元祖アクション・ヒーローの要素があります。

 現在読んでいるところまででは、ジュードー、当時のまだジュウジュツと表現上の区分があいまいであるこちらの技術が明確に出て来ては居ないのですが、ルパンが組技が得意であることは繰り返し描写されています。

 二丁拳銃も特技なのですが、最大の強敵との決闘を前にしては一度は銃を両手にした物の「いや、素手の方が良い」と丸腰で対決に向かったりします。 

「わしには拳固がある」とうそぶくシーンもあり、拳士としての自信があることが伺えます。

 そしてナイフで突きかかってきた相手の手首を喉元を捉え、そのまま押さえ込んで補足します。

 この手はどうやら得意の手であるようなので、恐らくは柔術、ないしジュードーから学んだ物でしょう。

 当時のヨーロッパではジュウジュツが流行していました。

 残念なことに、彼はある人物をこの時ののど輪で扼殺してしまします。

 このことは彼の心の傷となり、物語を予想外の方向に向けるのですが、その部分は置いておいて純粋に技術の部分だけについて取り上げるなら、柔道式の締めではそのようなことは起こりづらい。

 逆に、柔術の手でならこのような技は多用されます。

 さらに言うなら、柔術に影響を与えた功夫では虎爪、鷹爪として常套手段なのですが、アメリカならぬフランスでは当時まだ中国の拳術は普及していなかったようです。

 これも歴史的な国交上の理由によってでしょう。

 という訳で、この百年前のヒーローもまた、パラダイム・シフトと往時の武術事情について非常に興味深い物となりそうです。


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