なんでもかんでもインプットした端から忘れて行ってしまう私と違って、この兄貴分は記憶力が良い。
なので、一緒に覚えたことや話題に出したような神話、伝説の類についても私の脳からはきれいさっぱり拭い去られていても、彼の脳にはきっちり書き込まれていることが多い。
謎のギリシャの猪狩りについて心当たりはないか訊いたところ、これはカリュドーンの猪狩りではないか、という答えに至りました。
私が最初に疑った、カストルトプルックスの猪狩りの話、これが実はこの話だったようです。
私は断片的にしか覚えていなかったのですが、この話は実はトロイア戦争やオデュッセイアのようなギリシャのご当地ヒーロー大集合のアヴェンジャーズ的なお話の一部だったようです。
物語の経緯としては、狩りの女神アルテミスに供物をささげるのを忘れたカリュドーンという国の民に女神が罰を下すために猪を送った、ということのようです。
「クラーケンを解き放て(エンター・ザ・クラーケン)」と同じ構造ですね。
ただの猪だったらみんなの晩餐になってしまうのですが、これは人に厄災を与えるために下されたいわば厄神としての魔獣です。
この猪はカリュドーンの地の作物を食い荒らし、田畑をダメにして収穫を奪います。
先日丁度獣害のニュースで知ったのですが、イノシシが畑に入ると稲に獣臭をマーキングするためにその臭いが強烈でお米が食べられないくらいになってしまうのだそうなんですね。
そうなると畑一つ全滅となってしまうのだそうです。
このアルテミスの神罰も、非常にカリュドーンの地の人々を困らせたようです。
そこで、各地のご当地ヒーローズを招集して討伐隊を結成したのだそうなんですね。
この手の、ギリシャ神話のなかのアヴェンジャーズのお話というのはどうも長い歴史の中で形成されてきた物らしくて、元々はその場所に居なかった英雄たちが物語が広まるにつれてどんどん追加されていってこのようになっているのだそうです。
兄貴分曰く「水滸伝状態」だそうで、私が最初に思いついたカストルとポルックスもその中の一組だったようです。
しかし、この双子はこのアヴェンジャーズには参加していたようですが、問題の壁画には描かれていませんでした。
弓を構えていたのはアマゾン族の英雄、アタランテ―であるようです。
彼女はこのアヴェンジャーズで唯一の女性で、初めは女なんか信頼できるか、と他の英雄からクレームが付いたようですが、見事に猪に一矢を報いる活躍を示しています。
このアマゾンとは女性だけの戦闘部族だと言われていますが、出自は軍神アレスに始まっており、北アフリカと小アジアの部族だと言います。
キャリステニクスの土地ではないですか。
以前にこちらでもワンダー・ウーマンを扱ったと記憶していますが、彼女たちの部族がアマゾン族ですね。
彼女たちもまた、映画の中でキャリステニクス大海を開いていましたね。
というか、ギリシャ神話自体がキャリステニクスのルーツだ、というのが現代キャリステニクスのカリスマコーチ、ポール・ウェイド先生の説なのですが。
では、問題の盾と石の人は誰だろう、と思ったのですが、どうもよく分からない。
兄貴分が言うには、ギリシャ神話で盾と言えばアイアースなんだが、猪狩りに参加してるのはその親父なんだよな、ということでした。
アイアースと言うのはトロイア戦争に参加した英雄で、英雄同士が一対一で戦うと言う武闘会イベントが発生した時に、相手と刺し違えになったにも関わらず自分の攻撃は相手の盾を貫いていたが相手の兵器は秘宝の盾で防げたので勝利出来た、という逸話のあるキャラクターで、その後もちょいちょいこの上等の盾のことで話に上がるという盾キャラです。
確かに、この盾が家伝の秘宝で、親父の代から使われていたのだとすると、この猪狩りに参加した父親が使っていてもおかしくないところです。
ちなみにこの武闘会イベント、彼は後にもう一度参加したことが描かれており、その時の試合は優勝者にはアキレウスの鎧が与えられる物だった、というのが完全に聖闘士星矢の聖衣争奪戦(ギャラクシー・ウォーズ編)です。車田正美先生はこのエピソードに着想を得たのでは、と思われます。
余談はさておき、このアイアースの父親、テラモーンと言うのですが、彼について調べると面白いことが分かりました。
一つには、このテラモーンが競技者として自分より優れていたポーコスと言う英雄を、競技中に円盤投げで殺害したということです。
面白いのは、ここで当然の如く、ギリシャの英雄たちの素養が血縁の他に競技で培われているのだということです。
これ、完全にウェイド先生のキャリステニクス理論ですね。
で、テラモーンは自分よりキャリステニクスのイケていたポーコスを、円盤投げで謀殺します。
この円盤投げ、当時はキャリステニクス的な訓練であると同時に、武術でもあったのでしょう。
おそらくはそもが劣等感から来ている動機であるために、レスリングや剣、槍などの直接対決では勝ち目がないと思ったため投擲兵器での狙撃による暗殺を選んだのでしょう。
もう一つ、今度はテラモーンが逆に嫉妬で殺されかけるエピソードがあります。
犯行が発覚して島流しになったテラモーンは、のちにヘラクレスに見出されて彼の部隊に参加、トロイア攻めの戦線に加わります。
この時、テラモーンはトロイアの城に対して突出して一番乗りを果たしてしまいます。
これに嫉妬したヘラクレスがテラモーンを殺害しようとするのですが、それを察知したテラモーンはとっさに足元の石を拾い集めて積み上げ始めたのだと言います。
何をしているのか、とヘラクレスが尋ねると、テラモーンは「これは偉大な英雄ヘラクレスを讃える祭壇の石積みだ、と答えたと言います」
この答えに、こいつは自分への敬意を持っていない訳じゃないんだな、と感じたヘラクレスは殺すのを辞めたと言いますが、これ、中国や日本の武者の感覚で考えるなら、テラモーンはそう言いながらヘラクレスを迎撃するための投げ石を備えていたように取れますし、その「手向かいしますぞ」という姿勢にヘラクレスは「殺すには惜しい豪の者、生かしておけば役立つであろう」と考えを改めたようにも受け取れます。
上の二つの故事から、テラモーンが投擲兵器や石と縁が深いキャラクターであると言うのがうかがえます。
おそらくはこの投擲兵器の達者であることと、石積みのエピソード、そして息子が盾キャラであることから、問題の壁画には盾と石を持った姿で描かれているのではないでしょうか。
この姿は、ギリシャ芸術の定番のモチーフとなっており、カリュドーンの猪狩りを描いた作品では定番の物となっているそうです。
初めに「ギリシャのアヴェンジャーズに変な奴いる!」と始まったこの探索でしたが、最後には盾キャラクターのキャプテン・アメリカの元祖(素行は悪し)が出てくるという面白いこととなりました。
このように、身体操法を単に自分一人の運動のレイヤーで取るのではなく、身体文化、身体哲学として捉えると、過去の面白いお話が色々見えてまいります。
そういう物に出くわすと「あぁ、世界は面白い」と思えますでしょう?
それが私たちの提供したいことです。