金庸先生の武侠小説が邦訳されて上陸した時、まずは数名の作家や識者が集まって作品を読み、彼らのレビューを通して巷間に紹介がされたのですが、その折に馳星周氏が「読んでいるとどこまでが中華でどこからが違うのかが分からなくなる」ということを言っていたことを記憶しています。
これは、中華と言うのが漢民族のみならうず、中東系の胡人や吐蕃(チベット系)と語族を同じくするタイ族、また百越と言われる東南アジア諸国の人々を「中国人」としている一方で、隣接しているロシアに対しては「獣じみた異人」と扱っていたりするからです。
その一方、大戦後には朝鮮半島からやってきた朝鮮族の人たちを中華の少数民族として受容していますし、皮膚感覚としての「中国人」という物が確かにわかりにくい。
この疑問は現在、私の中では宗族という制度に則った文化に存在しているか否か、というラインとして理解がされています。
朝鮮族は家譜と言う家系図に則ってファミリー・ヒストリーと氏族制度を保持しているので、確かにこれは中華文化なのです。
その朝鮮半島の人々からすると、我々日本人は同じ中華民族の文脈としての「小中華」人と見なされるようなのですが、我々は自分たちが中華文明圏の民族であるという自覚は極めて薄い。
私個人は学問として日本の文化を理解するうえで、源流である中華文化は欠かせない物だと考えていますし、さらに言うとこれはインドから伝わる仏教圏の身体文化の皮膚感覚を除いては理解が及ばない物だとして、身体文化、身体哲学と言ったキーワードのもとに研究者として学問をしていますが、この分野の学問に関して同道の士と言う物に出会ったことが無い。
カテゴリーとして同じく中国武術やアジアの身体操作に関心を持つという人が居ても、一皮むけば文化には何の関心も無かったり、あるいは西洋経由のボディワークの専門家であったに過ぎないということが多くて、本当に文脈をたどってアジアの身体文化を研究している人は殆ど知りません(例外は居る)。
この学問の観点から言うと、中国の宗族制度と言うのは中華圏独特の文化の中に仏教と言うインド哲学が入ってきた理由の一つに、仏教が解体すべき問題としていたカースト制度との相似性があったのではないかと言う気がしてきます。
生まれ持った環境を離れて自己の自由を確立するという生き方の需要が、宗族制度に固着された中華圏の人々にはあったであろうというのは想像に難くない。
この、中印二大文明にまたがる仏教と言う物が私の研究している身体文化のメディア(媒介)なのだけれども、このことについて改めて今回展開して見ようと思います。
宗族こそが独立した小さな国家、自治体であって勢力であるという視点で見るなら、これは当然、旧約聖書の創成期にあるように「産めよ、殖えよ、地に満ちよ」ということになります。
少し長いですが抜粋しましょうか。
神はノアと彼の息子たちを祝福して言われた。
「産めよ、殖えよ、地に満ちよ」
地の全ての獣と空の全ての鳥は、地を這うすべての物と海の全ての魚と共に、あなたたちの前に怖れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。
動いている命ある物は、すべてあなたたちの食料とするがよい。
私はこれら全ての物を、青草と同じようにあなたたちに与える。
ただし、肉は命である血を含んだまま食べてはいけない。
また、あなたたちの命である血が流された場合、私は賠償を要求する。
いかなる獣からも要求する。
人間同士の血については、人間から人間の血を賠償として要求する。
人の血を流す物は、人によって自分の血を流される。
人は神を象って造られたからだ。
あなたたちは、産めよ、殖えよ、地に満ちよ。
以上抜粋。
これまでここの記事を読んでくださっている人々は、なぜ私がこれを長めに抜粋したかがお分かりいただけるのではないでしょうか。
これが、ここまで書いてきた西洋圏、白人優位主義、キリスト教圏の人々の中にある、予定説という考えの根本であるからです。
彼らの持つ、神と人との契約という思想が明文化されているのが、この契約のシーンにあります。
おそらく、砂漠宗教圏においてセックスがある種の禁忌として隠されるようになったのは、このミッションに原因があるのではないかと思われます。
なにせ、生殖がこのように神からの契約、指令として締結されてしまった以上、義務化してしまう。
もちろん、この契約には規約として「オナンの罪」のような「生殖力の無駄遣い」へのガイドラインが書き加えられたりしています。
こうなってしまっては、彼らが生殖を祭祀として祀るということはしがたくなってしまいます。
一方アジアではこの、神からのミッションであるという部分は抜きにして「産めよ、殖えよ、地に満ちよ」という発想はレーゾンデートルとして中国の各宗族発生してゆく訳です。
となると、必然この生殖への向き合い方は能動的かつ喜びに満ちたものとして受容されてゆくことが想像されます。
次回はそこからお話を始めましょう。
つづく