長い長いお話をしてきましたが、その始まりに「現代人には理解が難しいようだ」という入り口があったことを覚えていらっしゃいますでしょうか。
本当にそれなのです。
通史をなぞる形で東洋思想と西洋哲学、自然環境を並行させて書いてきたのですが、日本の思想史というのはまずは体育会系の朱子学派儒教があり、大戦後にはプロテスタントの資本主義思想で塗りつぶされました。
儒教とキリスト教には共通する部分があります。
それは人間中心主義だということです。
これをヒューマニズムと言います。
対してタオや古代近代の西洋哲学は人間とは違う大きな世界の真理を想定しています。タオの場合は、もちろん「道」がそれに相当します。
このような考え方をナチュラリズムと言います。
人に先立って自然があり、人間はその一部に過ぎない、という考え方ですね。
ヒューマニズムとナチュラリズムはまさに陰陽関係と言ってよいでしょう。
人がなぜヒューマニズムに傾倒するのかというのは簡単な話で、自分が人間だからです。
なので人間を中心とした世界観をくみ上げる。いわばポジション・トークです。
このように、自分が所属する集団への愛着を集団的ナルシシズムと言います。
90年代以降世界的に右傾化の問題が指摘されていますが、このような自国や自民族への愛着、優位主義を抱くことが集団的ナルシシズムです。
おおむね、知能が低く生活環境もよろしくない人たちはこのような方向に至る傾向があるという定説があります。
なぜ集団的ナルシシズムを抱くかと言えば、それはその中心に自分が居るからであり、ついては結局のところ拡張された自己愛だからだというのが私の見立てです。
肥大した自己愛を持つ人々がそんなにも世界中に満ち溢れてきているのかと思うとそら恐ろしい気持ちになります。
とはいえまあ、生活環境が悪く知能が乏しいとなればそんなに複雑なことは考えられないというのも仕方がない……。
儒教がタオを取り入れて「一歩引いて落ち着け」「深呼吸しろ」と気功の要素を必要としたのも頷ける話です。
また、中庸の徳は学問の結果ではない、というのも分かるような気もします。
現代日本に当たり前に出回っている、オカルトやスピリチュアル、成功思考法やポジティブ・シンキングなどを私は常々否定していますが、これはそれらの思想がみなうわべは違ってもみな中身は同じ物であるからです。
ネットの記事でもSNSでもユーチューブでもいいからいくつか見てみれば、みんな同じことを言っていることがお分かりいただけるでしょう。
どれもみんな、自己中心主義、ヒューマニズムの変奏にすぎません。
それでもスピリチュアルやポジティブ・シンキングは罪がないだろうと思うような人もいるかもしれません。
ただ、天使に守られた英雄が、悪魔から世界を救おうとしている、というスピリチュアル・シンキングの人が支持しているのは、もちろんトランプ大統領です。
ポジティヴ・シンキングというのは、一言で言うなら「なんでも積極的に考えれば物事は前進し人生は上手く行く」(ウィキペディアより)という考え方のことです。というのは皆さんご存じでしょう。
では、これを提唱してきたのがどのような人物かご存じでしょうか?
これは元々はキリスト教の異端派のオカルト思想で、有名な神智学家(オカルティスト)のブラヴァツキー夫人に影響を受けていると言います。
ブラヴァツキー夫人というのは、インドの思想を自己流に解釈した典型的なオカルト山師で、使用人をクビにした結果腹いせに実情を暴露されて亡命したという人です。
ちなみに、父親はプロテスタントで母親はロシア人。
その後、このポジティヴ・シンキングはカーネギーの「人を動かす」やナポレオン・ヒルの成功哲学などに引き継がれてゆきます。
ほら、オカルトから自己啓発に繋がってきたでしょう?
この自己啓発思想は現代でも市場に大きな影響を与え、サブプライム・ローンの大破綻の要因になったとさえ言われています。
我々の浴びた大不況の苦痛の根本に潜んでいるんですよ。
そして、このポジティヴ・シンキングをアメリカに広めた人物としてあげたいのが「ザ・パワー・オブ・ポジティヴ・シンキング」という本を出版したプロテスタントの牧師、ノーマン・ピールです。
彼の本は全米で500万部を売り上げたと言いますが、正統派の教会や心理学者からは批判を浴びていたと言います。
彼の本を読んで育ち、彼に結婚式を頼んだほどの大ファンだというのが、トランプ大統領です。
スピリチュアルもオカルトもポジティヴ・シンキングもトランプさんに繋がっちゃうんですよ。
だから彼は、根拠もないことでも嘘でも躊躇なく発言するんです。
どれだけ悪いことや不正をしても「俺は許されるんだ」と言って傍若無人にふるまう。
最近では彼は自分の企業の起こした詐欺事件に対する資料を提示しなかったためにニューヨーク州から法廷侮辱罪に認定されています。
詐欺はするし裁判にも参加しないんですよ。
それでもいいと思ってる。それが「前向き」「ポジティヴ」だということなんですね。
だから彼は自分と似た思考を持つ自分に「ハマる」人間を言葉巧みに扇動して大統領に就任してホワイト・ハウス襲撃に走らせるまでに至った。
これが集団的自己愛の力、ヒューマニズムなんですよ。
このような思想のことを、反知性主義、ポピュリズムと言います。
このポピュリズムがいま、世界中で問題になっている。
近いところでは、マクロン大統領が二期目に当選しましたが、最後まで争っていたルペン候補は有名な極右政党からの候補で、低所得層からの支持が強く、今回の選挙ではロシアからの不買制裁を停止することをマニュフェストに挙げていました。
いわば親ロシア派です。
そう。
現状ポピュリズムの最たるものは、もちろんロシアの愛国主義です。
トランピストたちも、プーチンさんの侵略は悪魔主義のウクライナを倒すための正義の進軍だとして支持しています。
東西の壁を越えて、ポピュリストたちは同じ心を共有するのですよ。
そしてそんな彼らに対して、プーチンさんはもちろん、ありとあらゆる根拠のない、聴いている国民の自己愛を擁護する嘘を並べ立てます。
こういった、ヒューマニズムのポピュリズム化が21世紀の世界情勢においてこんなにも大きな問題となっているのです。
全て、社会と言った枠組みの中での序列や成功、処世の術と言った自己中心性に端を発した感情に依るものです。
老子や荘子というのは、そういう構造を内包した社会という物に対して見切りをつけて、そこから隠棲した人たちでした。
ですので、彼らのような思想を「解脱思想」とも言います。
この、社会の相対化、社会的価値からの解脱こそがタオの神髄です。
ようやく落ち着いたと思っていたサブプライム・ローンからの不況の波の後に、今度はロシアの侵攻が原因の物価高騰と経済不況が訪れてきています。
日本では七月以降に本格的な影響が感じられるレベルにまで高まると言われていますが、すでに日本円は20年ぶりレベルの安値を記録しています。
世界中にあふれるポピュリズム、ヒューマニズム的自己愛の結果は、こんなにも私たちの暮らしを直撃している訳ですよ。
社会が暮らしにくい原因を、社会そのものが作っている。
解脱思想と言えばこの世の苦しみを離れれば楽になれるという仏教が有名ですが、その生死の逸話の中に、地獄と極楽のお話と言う物があります。
地獄というのは食べ物が並んでいるが置かれている箸がみな長く、自分の口に運べない。
亡者たちは他の者が食べようとするとその箸を使って邪魔をする環境のことだ、と言います。
極楽というのは同じ状態にあるのだけれど、そこではみんなが自分は食べられなくても長い箸を使って他の人の口に食べ物を運ぶのでみんな飢えることがないという環境だそうです。
突っ込みどころの多い民話のようなお話ですが、言いたいことは理解できます。
そして社会と言う物を当てはめようと思えばどちらになるのかは明白ではないでしょうか。
自己中心性から解脱して、一歩引いたところから物理的条件に適応することが、幸せにつながるというお話であるように思います。
足るを知るとはすでにその場にある物で望むように出来るということの別称だとも言えるのではないでしょうか。