ヘラクレスはアジア文化の継承者であるという記事を前回書きました。
これは非常に興味深いことです。
というのも、今回のシリーズ記事の最初の法に書いたように、ギリシャ神話の歴史と言うのは、白人優位主義によって歴史改ざんされて来た物です。
ホワイト・ウォッシュ化された中で、最大の英雄がアジア文化の継承者であるという伝承が遺されている。
これは面白い。
実は、ギリシャ神話が白人神話に改ざんされて行ったのは、古代ギリシャの継承国であるローマ帝国によってでした。
古代ギリシャ当時の段階では、やはり神々の母であるヘラはトラキア(トルコ)の女神であり、世界一の美女はエチオピアのアンドロメダ姫であるというように、否白人文化圏も平等に高く評価されていました。
これは、古代ギリシャと言うのがそもそもポリス国家の集合体であるという「スペース」を差した概念であり、古代ギリシャという国があった訳ではないためでしょう。
スパルタとアテネとアルゴスがそれぞれ別の国(ポリス)であったように、トロイやエチオピアもまた対等に世界地図を共有する異国の一つに過ぎなかったというのが実際であったように思われます。
おそらくはトロイやエチオピアよりも、スパルタなどのほうがよほど異様な国であると見なされていたのではないかという気がします。
それを「古代ギリシャ」という一つの物にまとめて塗り替えたのは、ローマ帝国の仕業とみなされる訳ですが、ここにそれを示すような二柱の興味深い神々がいます。
鍛冶の神ヘパイストスと、軍神アレスの兄弟です。
オリンポスの神々というのは、当然の如く輝かしく気品を放ち、素晴らしい肉体をした美男美女である、というのが一般的な印象ですね。
上にあげた二柱の神というのは実はこの概念からはずれた方々です。
ヘパイストスはあばた面で片足が悪くてびっこを引いているという、障碍者の姿でイメージされます。
これは恐らく、彼が加治、産鉄の神であるためでしょう。
日本の一本だたらなどと同じく、鍛冶場の神は目や脚が悪いという伝承が世界的に見られるそうです。
というのも、鍛冶仕事をしているとどうも飛び火とふいごの操作でこうなるためらしく、これらの身体特性を持った鍛冶師たちが多かったそうなのですね。
ですので、鍛冶師の神と言うのは彼等と同様の姿で描かれる物なのでしょう。
この、オリンポスで唯一と言ってもよいであろう醜い姿の神ヘパイストスは、そのために母親にも愛されず、生まれた途端にこんな子供は要らない、とヘラによって海に投げ捨てられてしまいます。
しかしちょうどそこにいた海の女神テティスが拾って育てるのですが、そのことについても母であるヘラは「海の女神はやくに立たないことをする」と冷淡なコメントを残しています。
それでも後にオリンポスに上がることを許されたヘパイストスですが、そこでも他の美しい神々に容姿を嘲笑われ、差別の対象となります。
うんざりした彼は、自分は好きな鍛冶だけやって暮らしていた方がいいとオリンポスを下山して自分の鍛冶場に隠棲してしまいます。
この時になって神々は、自分たちの兵器を作っていたヘパイストスが居なくなると、またテュホンや巨神族のような強敵が現れた時にマズいのではないかということに思い当たるようになります。
そこで彼を引き戻すように使者を出すことになるのですが、初めにそれを請け負ったのが彼の弟のアレスです。
アレスは同じ戦の神であるアテナとライバル関係なのですが、アテナが知力や徳を持った英雄的な戦神であるのに対して、アレスは略奪や殺戮、陰謀などの戦の闇の面を象徴した軍神とされてギリシャではあまり好かれていない神様でした。
そのためにか、ギリシャ神話ではえてしてやられやくを演じることが多く、この時もヘパイストスの発明した兵器によってやられてしまいます。
その間にもヘパイストスは、巨大ロボット兵器のタロスを作ったりと自分では好きなことをしているはずがオリンポスからすると大量破壊兵器を作って威嚇していると取られるようなことをしてしまいます。
唯一、ヘパイストスと仲の良かった酒宴の神バッカスが、酒を飲ませて懐柔した結果、最終的には事なきを得てオリンポスに帰山するのですが、このようにヘパイストスがオリンポスの神々の中では異例の存在であったことは明白です。
オリンポスに帰る条件として、ヘパイストスは美人の女神を嫁さんにくれ、とちょっと難のある条件を出してしまうのですが、当時の政治的正しさに照らし合わせてこれは容認され、彼はもっとも美しい女神、アフロディテを妻に迎えることになります。
しかし、このアフロディテは人間のイケメンを見ると自分からワンナイト・スタンドに乗り出して行って、ことが終わると相手に飽きて酷い目にあわすというような肉食系恋愛女神だったので、当然こんな政略結婚に貞操は持ちません。
よりによってアレスと浮気をしてしまします。
この時にアレスは「あんな醜い奴を相手にしていても仕方がないでしょう」とアフロディテを口説くのですが、これを見ていたのが当のヘパイストス。
貫通に及んだ二人を秘密兵器の見えないネットで捕まえてそのまま晒しものにしてしまいます。
これを神々は取り巻いて眺め、アポロンとヘルメスなどは「いやぁ、アレスはうらやましい目にあっておりますなあ」「ぜひともあやかりたいもんですな、ひっひっひ」などと存外下世話な会話をしているようなのですが、これ、実は晒し者になっているのはヘパイストス自身でもありますね。
彼は寝取られ男である自分自身もオリンポスの社交界に自ら晒した訳です。
この時彼は「なぜ俺ばかりこんな目にあうんだ。醜いのは俺のせいではない。醜い子供が欲しくなければ親は産まなければよかったのだ」と怨念の言葉を吐いたと言います。
ギリシャ神話においては、長いこと人間が生まれたエピソードが不明であるとされていましたが、最近の説ではこのヘパイストスが発明品の一つとして人を作ったという話もあるそうです。
それも納得のできる、これは神ではなく、人間の心情を突き刺した言葉だと言えるでしょう。
創造主へのコンプレックスと愛憎、そのような物が入り混じった人間的感情を抱いているのがこのヘパイストスです。
次回はアレスについて書きましょう。
つづく