例の夢のスクワットについてです。
これ、小周天の方法を使うと良いことが分かりました。
元々、これの元になった運動の羅漢気功に小周天が入っていたから当然かもしれません。
このスクワットの安全検証のために色々なサイトを見たりしてフィットネスの運動理論と較べていて、改めて気付いたことがありました。
それは、身体操法系や新古武術系の人たちと話していると昔からしっくりこない、ということです。
それらの人々の本を読んでいつも感じていたのは、内容が非常に貧しいということです。
その理由が今回分かったように思います。
それは、解剖学的なアプローチの比重に偏りすぎているからだと思われます。
その頂点とも言えるのが、テレビに出ていたある身体操法の人で、いわゆる合気などの達人系の先生の動きを解き明かすと称してVTRを観ては「これは……内旋を使っていますね……」などともったいぶった口調で言い「内旋を使うと使わないよりも筋力が〇〇パーセント増す」などと言うことを答えとして解読するのですが、これは非常に貧しい。
そもが、筋肉自体が骨格に対してらせん状についていますので、骨格を直角に使おうとしても実は内旋や外旋を伴うというのは当たり前の話なのですね。
実はこれと同じことを、昭和の合気武術家が書籍で発表していたのを読んだことがあります。
そしてちょうど、それを読んだ同門が中国武術の先生に「このやり方はどうですか?」とやってみる現場に遭遇したこともありました。
その時の先生の答えは「こざかしい」。
そのような表層の手品程度の小手先技では無くて、もっと本質的な部分の改革をするのが中国武術です。
ではなぜ、古武術系の身体操法の人たちはそういった解剖学的な小技を専門とするのか、というと、これには二つ見解があります。
一つは以前から言っているように、練功法の乏しさです。
インド武術や中国武術のように根本から身体を改造するという概念が乏しく、持ち前の生まれたままの身体で「やり方」の部分を工夫するということが日本武術では重視されます。
またはその反動として精神論に行ってしまうのですがこれは論外。
もう一つ、今回至った見解が、継承が行われていないからだ、ということです。
これが夢のスクワットの開発中に見えてきました。
レスリング時代にやっていたスクワットをまたやろうと思って、いまの中国武術や気功で教わった身体の使い方で再現しているのが夢のスクワットです。
これは、先人からの継承によってなりたっているのですね。
仮説によると、インドに伝わっていたヨガから達磨大師が中国に持ってきてくれた身体哲学だと言うことになっています。
実際にはそのような少人数による伝播では無かったのであろうと思うのですが、いずれ文化伝播があったこと自体は間違いがありません。
人種や国境、文化圏を越えた継承につぐ継承の結果です。
この相伝をしていれば、ちょくせつ「スクワットはこうだ」と教わらなくても、教わったOSで行うことができます。
しかし、古武術の達人からその体の動きを懇切丁寧に端から端まで分析的に伝授された人というのは、現存していないのではないでしょうか。
一番純粋な継承をした先生でも、幕末くらいの生まれの先生に幼少時から教えを受けてそれを見よう見まねで体得した、と言った状態なのではないでしょうか。
日本の流儀武術の歴史と言うのは、大きく言うなら江戸期の三百年間くらいの物でしょう。
その時代の中で頂点に達した人の動きを手づから詳細まで教えられた人と言うのは恐らくほぼいない。
もちろん、当時の人たちに解剖学的な知識がある訳はないので、仮に対面して話し合ったとしても観点が違い過ぎて言葉が通じ合いません。
ですので、どうしてもそちらがわの研究者は憶測から物を言うしかなくなる。
つまりは「俺はこうしてたと思うんだけど……」と言う予測以上の物にはならないはずです。既知の概念を組み合わせるだけで、本当に知らない物を見つけることは難しい。
このような研究を「化石から恐竜を推測するようなものだ」と著述した武術家が居ました。
私たちの世代が現在予測されている恐竜の復元予想図を見ると、子供の時に見た姿との違いに驚かされます。
同じ化石からの復元予想図でも、それだけの解釈の幅が出てきます。
骨の組み方を間違えるかもしれないし、違う物の骨が混ざるかもしれないし、大事な部分が発見されていなかったかもしれません。
もし仮に完全な骨格を見つけることができたとしても、それが生きているときにどのような体表をしててどのような鳴き声でどのように動いたかを知ることはほぼ不可能です。
しかしもし仮に、生きている恐竜を観ることが出来たとしたら?
体表から骨格を知ることは出来ませんが、恐竜と言う生き物がどのような生き物かをバックリと知ることが出来るでしょう。
これが私たちの分野の実態だと言って良いのではないでしょうか。
インド武術や中国武術は、西洋医学のような分析ではなくて経験則で出来ています。
ですので、解剖学的な理論は分からなくても、生理学的な結果で再現が可能です。
そういうデータが豊富にありますし、達人から達人への継承が行われています。
それがないと、創作武術や偽物武術のような、既知の物にトンチの小手先技を加えたような物しか出来ないのではないでしょうか。
もっと言うなら、それは古武術でもなんでもなくて単に現代科学なんですよ。
恐竜ではなくて、鳥類なんですね。
そのやり方では、別の次元に行くのは大変に難しいことでしょう。