こめかみに鍼を刺すという練習が始まりました。
これはちょっと怖い感じがしますが、頭蓋骨は硬いので本来は安全な防御があるはず。
しかし、これにはもう一つ別の要素もありました。
脳が大切なので頭蓋骨が堅いということは、それだけではなくて頭を覆う筋肉は結構硬いということです。
食べ物を嚙むときに使う咬筋は人間の筋力の中でも最も高い数字を出せる筋肉です。
昔のコマーシャルでは、歯を食いしばった時には数百キロもの負荷がかかるということでした。
同じ数字を、他の運動で出そうと思ったら大変です。
私のベンチプレスのマックスは172キロですが、これは恐らくだいぶん大きめの数字です。
そこまでゆくのに長い期間を要しますが、歯を食いしばればおそらくは多くの人がそれ以上の筋力を発揮します。
多くの人が最も力を出しやすい背筋の測定でも、これだけの数字は出せはしません。
進化の歴史の中で、肉食を覚えることで高カロリーの獲得をして生き延びて来た霊長類の能力だと言うことなのでしょう。
ですので、咬筋周りは非常に筋肉が堅くなります。
歯をかみ合わせるのに用いられる筋肉は、側頭筋、下顎筋、外則翼突筋、内側翼突筋の四種類で、こめかみはこの側頭筋の領域になります。コメを噛むという言葉の通りの役割を果たしている訳ですね。
ので、絶対に硬い。
そこに鍼を根元まで刺すと言うので、これは初心者には中々の難易度となりました。
この辺りの筋肉は、疲れ目や片頭痛にも関与していると言われていますね。
神経の疲労から固まりやすくもなっているのでしょう。
疲れた人がこめかみを揉むと言うのは良く見るジェスチャーですし、昔のマンガなんかですと、ここに湿布を貼ってるおばあちゃんが良く出ていました。
それくらいに、疲れが出やすいところに鍼を刺すと、どうなるのか。
私がモデルになって刺してもらっているときに、突然鍼を送り込んでいた練習パートナーが悲鳴を上げました。
血が出ている、と言うのです。
まぁ、たまに血がポツリと浮くようなことはあるので、特に驚くことではありません。
痛みもまったくないので何を騒いでいるのだろう、と思いながら「大丈夫ですよー、全然痛くないでーす」などと答えていたのですが、チェンジして自分が刺す側になった時に悲鳴の意味を思い知らされました。
こめかみに鍼を根元まで刺して手を離したくらいのタイミングで、そこから血がタラーっと流れてきました。
ちょっと血の玉が浮くとかそういう話ではなくて、普通にサラサラの血が流れ出てくるのです。
頭に鍼を刺して血がシャーっと流れてくるのは結構ショッキングな光景で、確かにこれは驚かされました。
とっさに綿で血を止めたのですが、頭血というのはいつ止まるのかが分かりません。
私も過去何度も頭を割られていますが、ここはグローブでカットした時などもかなりサラサラ血が流れ続けて、止血してもまたすぐ流れ出てくるようなところなので、放し処が分からないのです。
先生を呼んで助けを求めたところ、これは瘀血だろうから大丈夫だろうということでした。
瘀血というのは、血が淀んで濃くなったもの、ある種の鬱血の類です。
筋肉が固まって凝ると言うのは、この状態になっている場合が多いと言われています。
ですので、瀉血のようにそこから血を抜いて血流を戻すと言う治療法があるのですが、まさに上述してきた凝りやすいこめかみに鍼を刺すというのはこの状態。
先生に言われて綿を放してみたら、すでに血は止まっていました。
本当に、一瞬だけ溜まっていた瘀血がシャーっと流れ出てそれでおしまい、という物のようでした。
昔のヒッチコックの映画か何かのようで大変にサスペンス・タッチな経験でありました。