前回は「ギータ―」ことバガヴァット・ギータ―がマハーバーラタの中の一篇であることをお話しました。
今回はこの、マハー・バーラタについてお話ししましょう。
マハーは偉大な、バーラタと言うのはいわゆる我々が言う「インド」のことです。
つまりこの抒情詩は、インドとは何か、インド文化とはどういった世界観なのか、ということを提示している物だと推察することが可能です。
このお話のスタートは、このようになっていました。
クル族の王子が森で美しい娘を見初め、求婚をします。
娘は自分が何をしようととがめないようにと言う条件を出します。
王子はこれを飲んで二人は結婚します。
やがて、二人の間に子供が生まれるのですが娘はこれをガンジス川に投げ込んでしまいます。
また子供が生まれると、また投げ込んでしまいます。
そうして娘は七人もの子供を生まれるたびにガンジスに投げ捨てました。
八人目の子供もそうしようとしたとき、王子は約束を破ってそれと止めます。
彼女は自分がガンジス川の女神、ガンガーであるということを明かし、子供を連れて王子の元を去ってゆきました。
これ、私たちにはお馴染みの雪女とかの構造ですね。
子供は出てきませんが、鶴の恩返しとも共通した作りになっています。
これまで、桃太郎はヤーマーヤナ由来、かぐや姫もインド神話由来だと書いてきましたが、この異類婚の典型もまた、インドに共通する物のようです。
そしてこの構造、これまでは全く意味の分からない怖い昔話の作りだと読めましたが、キャンベル教授から神話の読み方を学んだいま、これが物凄くわかりやすいメッセージだと読み解くことが出来ます。
この読み解く能力、感性、識こそが、キャンベル教授の言う「闇の力」の一端だと解釈しても良いでしょう。
なぜならそのような読解感性の技術こそが、シャーマンの能力であるからです。
このガンガーのモチーフは、かつても触れたカーリー女神の姿とそっくり同じ物です。
子宮から子供を産み落とし、それをそのまま食らってそのことによってまた子を宮に宿すという女神信仰の典型です。
これらは地母神信仰と言っても良いでしょうし、文明が川から生まれた物であるために川の女神信仰であると言っても良いでしょう。
ギリシャにおける産鉄神であるヘパイストスは海の女神テティスを養母としていますし、トロイア戦争によってトロイを滅ぼすための機能を担った運命の英雄であるアキレウスもまた彼女を母としていますので、これらの機能はまた海の女神の物であると言っても良いことでしょう。
大地も川も海も、中国の陰陽思想で言えば陰です。
すなわち女性性を意味します。
老子が言う無からすべての生命を生み出す「玄牝門」の女神です。
彼女たちがすべてを生み出すのは誰にでも理解は難しくありません。
しかしなぜ彼女たちは我が子を食らうのでしょうか。
それは、万物が不変ではなく流転する物であり、生命活動を果たしたすべてはまた地に返り、それが次の生命に繋がるからです。
このことを五行思想では土行は稼穡の質であると述べます。
稼とは作物が植えられること、穡とは作物が収穫されることです。
すなわち、万物は土より生まれ土へと滅びる。すなわち土は万物の母である、ということです。
ガンガー女神もまたこの、すべてを産んで全てを飲み込む全てを抱きしめた母である、ということがインド思想の文字通り土台となっていることがマハーバーラタのこのイントロでは語られています。
以前の記事に書いたように、アカデミー受賞作、エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスがこのすべてを支配する母神からの解脱とそれを許さない母性を描いた物語だということに改めてご理解いただけましたでしょうか。
つづく