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村上春樹の新作に対する私的な感想 2

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 前回に引き続き「街とその不確かな壁」の内容に関するお話を続けてゆきます。

 今回の作品では、前身とも言える「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の構成要素から「ハードボイルド・ワンダーランド」の部分が切り離されていると書きましたが、これは実に興味深い作者の変化だと思われました。

 というのも、村上春樹という作家は、元々自身の執筆活動に対して「米兵が遺して行ったパルプ雑誌にインスパイアされて描き始めた」とのメタ発言をしており、また内容的にも唯一の例外的作品である「ノルウェイの森」以外の長編はみなパルプ小説的探偵小説、ないし冒険小説が下敷きになっています。

 もっともタイトルからそのことが分かりやすい「羊をめぐる冒険」は、まさに「ハードボイルド・ワンダーランド」と非常に重なる部分の多い構造をした作品ですが、この作品は通称「羊三部作」などと呼ばれるカテゴリーに区分されます。

 主人公が、失われた幻のピンボール・マシンを探して調査を重ねる「1973のピンボール」、不吉なヴィジョンと突然消失する人々を巡る「ダンス・ダンス・ダンス」と合わせてのことなのでしょうが、実際にはデビュー作である「風の歌を聴け」もまた、同じ主人公の物語となっていますので、四部作だと言えます。

 さらに、この「風の歌を聴け」を恋愛小説として書き直したのが「ノルウェイの森」で、そこではパルプ小説的要素は取り除かれており、発売当時のキャッチコピーであった「100パーセントの恋愛小説」の意味が浮き彫りとなります。

 今回の作品のあとがきで、作者は自ら、作家は同じ物語を繰り返し描くということを書いていますが、まさにその通りのことがアーカイヴからは読み取ることが可能です。

 先に探偵小説や冒険小説のようなパルプ小説的要素と言うことを書きましたが、実はこれには重大なジャンルが抜けています。

 それは、パルプ・ホラーの要素です。

 100パーセントの恋愛小説以外の作品では、この要素が非常に明確に組み込まれていました。

「羊を巡る冒険」の羊とは、生物としてのあの羊ではなく、どこかよその宇宙からやってきて人間の内面に寄生して、邪悪や争いを世界に広めるコズミック・ホラー的存在として描かれています。

 羊四部作では「風の歌を聴け(この作品はレイ・ブラッドベリのオマージュで終わる)」で失踪した友人が、実はこの羊の宿主となっていたということが明かされます。

 そして物語はお化け屋敷ホラー的な経緯を経て、この羊が前の宿主の時に世界大戦に日本を誘い込み、大量虐殺を引き起こしていたことが語られます。

 なお、この宿主と言うのは愛国団体の親玉で、彼の扇動によって政治や大衆が右傾化していったことが書かれています。

 村上春樹における「邪悪」とはこのような物として昔から描かれていました。

 まるで現在のこの国を描いているようですが、このことはさらに続けて描かれてゆきます。

 

                                              つづく


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