アキレスがエリート部隊を率いる反抗的な下士官であるということを書きました。
しかし、神という物が描かれず不死の設定が無くなった状態で、この一下士官がどれほど大局に意味を成す物でしょうか。
これには、この映画における戦争の在り方という物が反映します。
まず、神話にあるような戦車戦という物がこの映画ではカットされています。
荷物や人を運ぶ馬車はあるのですが、戦闘は戦車戦ではなくて大量の人材を動員する方陣戦となっています。
これでは余計に個人の武勇は埋没すると思うのですが、同時にこの方陣戦では、一騎打ちの制度が採用されているということが冒頭で描かれます。
国の代表選手を双方出して戦わせて、勝った方が相手国の支配権を手に入れる、という物です。
この冒頭の一騎打ちは非常に重要な伏線が積み重ねられており、まずアキレウスがこの代表戦で優秀な成績を収めている選手だということが判明します。
彼が勝てば、多くの人命が消耗を避けられる訳です。
また、彼の戦い方がここで示されます。
これもまた独特の戦法を使うということになっており、アキレスが東方の武術を身に着けているということが含みがあるのかもしれません。
実際には彼の戦い方は、走りこんで行って跳躍し、相手の背後から死角を突くという劈卦拳のような物として描かれます。
相手の方から突っ込んできた時も、巧みにさばいて背後を取ります。
この戦い方は彼の独自の物となっており、他の戦士たちとは色合いが異なっています。
冒頭の決闘によって彼は相手方のチャンピオンを倒して、敵国の支配権の象徴である錫杖を差し出されるというシーンもまた実はひそかに巨大な意味を持つことになるのですがそれは映画の最後の方でのお話。
とまれ、アキレスの個人的武功の価値と言うのは以上のような背景に依っています。
このアキレスは、貪欲な権力そのものであるアガメムノン大王と敵対関係に至るのですが、それは神話通りにトロイからさらってきた巫女のブリセイスを巡ってとなっています。
ブリセイスは今回、ただアポロンの巫女だというだけではなく、トロイの王族だということになっています。
パリスやヘクトルの従妹です。
アキレスは戦場で彼女を救出し、自陣にかくまうのですが、彼女が王族だと気づいたアガメムノンが彼女を自分の物にしようとします。
これによって両者の間に確執が生まれ、アキレスは戦闘をボイコットすることになります。
最終的にはアキレスが彼女を救出し、二人は恋愛関係に至ります。
この、恋愛関係に対して評価が高めに設定されているというのがハリウッド映画としてのこの作品の特色でしょう。
トロイア側のパリスは神話通りに卑劣で淫猥な中身空っぽのクズ男ではなく、初めての熱愛で正気を失った未熟な若者であるかのように描かれています。
このまだ未経験で過ちを犯したくらい寛容な感じで描かれるパリスに対して、皆が優しくするのが悲劇を加速させてゆきます。
大戦を避けるため、この戦いでも一騎打ちが行われることで話が付くのですが、アキレスがボイコット中のため、ヘレンを奪われたメネラオス本人がアカイアの代表となり、パリスと戦うことになります。
しかし、スパルタの王であり歴戦の勇者であるメネラオスに対して、オーランド・ブルーム演じるパリスはいまだ合戦を知らない坊や。これは勝負にならないと言った感じなのですが、パリスは決闘を受けます。
ですが、当然なぶりものにされてしまいます。
そこでパリスの弱くて卑怯な面が現れて、彼は一対一の決闘中にも関わらず、立会人である兄のヘクトルに縋り付いて助けを求めてしまいます。
「てめぇのせいで戦争が起きてんだ、甘ったれんだ卑怯者!」とメネラオスの足元に蹴り返せばよかったのですが、ヘクトルはつい、足元で突き殺されそうになったパリスをかばってメネラオスを刺し殺してしまいます。
これはヘクトルが悪い。
公正であるべき一王族としての立場を破って、肉親の情にまたしても流されてしまいました。
この作品でのヘクトルはこういう人物像として描かれています。
つづく