東洋的な「在り方」について
現代日本人は近代西洋資本主義に骨の髄まで染め上げられて、肌は黄色いが中身は白人のバナナ人種に品種改良(改良? まぁ、彼ら白人種からすれば)されているため、アジア人としての思想や感性を失っている、ということを繰り返し書いてきています。 私は幸い、師父や老師らに色々物を教えていただき、自分で学ぶことが出来るようになってきたので伝統的価値観に照らし合わせて世の中を生きるようになりました。...
View Article五祖拳の進捗更に
以前にも書きましたが、本当に老師のおかげでもうずっと求めて海の外に探しに出ていたこの奇拳が日々学べております。 元々その拳、五祖拳を求めたきっかけは、それが心意把の系統であり、かつフィリピン武術などの東南アジア武術に繋がっている物だと聴いたためです。 アジアにおける武術という伝系における仏教文化の伝播の一つの貴重な例としてそれを学びたいと思い、いまに至っている次第です。...
View Article三月第二週練習会のお知らせ
先日の3月4日、およそ三年ぶりの対面練習会を行いました。 いまだ実験段階ではありますが、新規感染者数との兼ね合いなど見て、三月中は引き続き練習会をしてゆこうと思っています。 状況を見て切り上げる可能性はありますが、現状次回土曜日、11日も予定しておりますのでお知らせいたします。 実験的練習会 日時 3月11日 13時~ 長時間になる可能性もあるため、各自適宜解散 場所 代々木公園 参加費...
View Articleインド武術と中国武術
先日、インド哲学の本を求めて古書店に行ったところ、そこでマルマとヨーガに関する本と出合いました。 マルマ? って、確かインド武術の殺点のことじゃなかったっけか? それとヨーガ? どういうこと? と思って手に取った処、私のオリジナル(本物)こと、伊藤武先生の本でした。...
View Article点穴と自己の確立
鶴法、福建鶴拳類と言うと、拳では無くて掌法の印象がある人も多いことでしょう。 故大山倍達総裁は、元々空手は全部掌だったが日本に渡って拳に替えられた、と言っていたと記憶していますが、確かに沖縄空手のルーツが福建鶴拳類だと解釈するなら、半ばはその言いも肯定できるように思います。...
View Article中国武術の中の無為
老荘思想においては、無為と言うことが重視されます。 これは、結果や成果を求めず、やるだけのことをやるだけやったらあとはそれらが成るように任せる、ということだと言われます。 やるだけとは一体どの辺りなのか、というのが非常にあいまいではあるまいか、という感じがします。 これ、我々現代人からするとおそらくはだいぶ少ないと私は現在の段階では見ています。...
View Article中国武術の中の他力
前の記事で、陰陽の調和を取って天地に繋がる練功をしていると、時に他者との繋がりによって彼我一体となって結果それが技になるということを書きました。 今回はそこに繋がるお話です。 以前に師父から、他力という物について教わりました。 これは自力の逆ですね。自分の物ではない力であり、これを用いることを教わりました。 我々の武術と言うのは少林拳であり、禅の総本山においてその行として行われてきたものです。...
View Article五祖について
五祖拳の五祖と言うのは、五つの門派を祖としているという、総合南少林拳の意味から来ているとされています。 その五つとはすなわち、福建代表白鶴拳、通背拳類に代表される猴拳の行者門、達磨大師から名を取っているところからインド武術や北派少林を想像させる達尊拳、その北少林の代名詞であり白鶴拳のルーツでもある羅漢拳、それから明太祖が開祖だと言う太祖拳です。...
View Articleアジアの身体哲学から観たエブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 注・ネタバレ
話題の映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」を観てまいりました。 以下ネタバレとなりますので、お好みでない方はご回避ください。 さて、この作品、80年代の香港映画ファンにはおなじみミッシェル・ヨーが主演のハリウッド映画ということで話題となっていました。 ジャッキー映画で車から落ちるようなアクションを連発していたあの女優さんです。...
View Articleエブエブ追記
エブエブについて付けたしがあります。 ここでの記事らしい物になり、また以前に書いたことの繰り返しになってしまいます。 額にある第三の目という物がシヴァ神の象徴であるということを書きましたが、これにも興味深い由来があります。 シヴァ神は瞑想の守護者であり、ヨガを編み出した神様だと言われているくらいで、本人も常に瞑想をして修行をなさいます。...
View Article3月の実験的練習会について
フィリピンから帰国して、COVID19によって対面活動を三年間停止していましたが、この三月、新規感染者数の動向と情勢の変化を見ながら実験的に練習会を二度再開しました。 以前から来てくれていた生徒さんがやってきてくれて、大変に嬉しく思いました。 さらに嬉しかったのは、生徒さんたちが以前に手渡した練功をきちんと続けていて功夫を積んでいてくれたことです。...
View Article少林の符牒
このところ、五祖拳について色々書いてきていますが、先日、また一つの套路を全套教わることが出来ました。 どうも見ている限り五祖拳には三戦タイプの套路と否三戦タイプの物があるようなのですが、今回の物は後者の印象です。 そして、老師が仰るには今回の套路はとても有名な物であるらしいようです。 偉い先生も表演されていて、かなり格も高いものかもしれないと思えます。 私自身、それを体感する部分がありました。...
View Article自覚と言うこと
いまね、ホグワーツが春休みですので、年末年始に買い込んだ資料を日々読み進めています。 キャンベル教授の神話学の著作たちや、その流れの続きで読みたいトロイア戦争の本やネイティヴ・アメリカンの神話の本などの他に、日本の思想史の本、また東洋医学の解説書や黄帝内経の訳本などが部屋に積まれています。...
View Article自他の区別は自覚の一歩 1
神話学のキャンベル教授の本に、大変面白いことが書いてありました。 行によって闇の力を得た(感覚が覚醒した、非俗世的な知恵を得た、位の意)者と修行に失敗したただの精神病患者は非常に似ている、ということでした。 ことに、統合失調患者に関しては調べるほどに似ているとのことです。 私は一人の行者として、誤った修行をすることで精神に異常をきたすということに常に注意を払って指導をしてきました。...
View Article自他の区別は自覚の一歩 3
世界中のシャーマン、聖人という物を心理学の観点から研究してきたキャンベル教授は、真理に近づいた人間と統合失調患者は重なるところが多いとみなしました。 どちらも、いわゆる「常識」的な現世から離れた存在としては確かにそうです。 それだけではなく、心理学的アプローチとして、非常に重なる部分があるそうです。...
View Article自他の区別は自覚の一歩 4
前回は統合失調患者と行者の違いについて書きました。 今回は類似点についても書きましょう。 前回、統合失調患者は外からの声やメッセージを聴いたり、他者からの視線を感じたりすることがあり、また自分が別の名で呼ばれるという経験をしたりする、ということを書きました。 これ、健全な道程を踏んだ行者はまったく別の捉え方をします。...
View Article双重の靠打
五祖拳の中の、羅漢にやっとお目見えできた、と先日書きましたが、その羅漢の套路では靠が多用されます。 初めはこれまでも出て来た掃腿(スワイプ)かなと思っていたのですが、今回の物らはみんな、いままで見たことも無いようなスライディングしながらの歩法が含まれています。...
View Article鬼滅の刃の社会的側面 1
以前にこちらで取り扱った、鬼滅の刃を全巻読みました。 読み終わって驚いたのは、作者の社会意識の高さです。 おそらくはこれは偶然ではないと思われます。現代日本社会の政治的問題がこれでもかというように本編には詰め込まれていました。 そのことに気づいたのは、悪役の親玉である(というか実質彼一人が悪者です)キブツジムザンが突然「私は変化が嫌いだ」という保守派宣言をし始めたシーンに度肝を抜かれたからです。...
View Article鬼滅の刃の社会的側面 2
鬼の組織と鬼殺隊の違いについて前回は説明していた途中で切り上げましたね。 両者の違いの大きな一つが炭治郎の存在だと書きました。 彼が是とした組織が鬼殺隊だというのは実は物凄く大きなところなのです。 というのも、彼は作中を通して非常に正しい心を維持し続けた、作品そのものの良心と言ってよいという存在です。...
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